081229
カリンの木に寄せて
私の書斎の右手には小さな格子付きの小窓がある。普段は、うずたかく積まれた書類や新聞、その他のがらくたが邪魔をして日の光を拝めない。今日は年末の大掃除でそれらをかたづけたところ、折からの晴天でこの一角に光が差した。その小窓の眼前にカリンの枝が伸びてきている。カリンはバラ科の植物で花梨と書く。梨やアンズ、桃、ボケ、桜と同類の落葉高木である。窓の外のカリンは二本ある。2メートル離して植えてある。その隣にアンズ、さらに栗、その次がナツメ、その次がミカンと垣根沿いに配し、最後に大木になったアメリカフウがある。ミカンを除いて落葉樹であるから、晩秋は落ち葉掻きが一苦労である。いずれの樹木も樹齢30年余である。というのは、ここへ転居してきたときいずれも、爪楊枝のような、長くても割り箸大の長さの幼木を配したのであった。さらにその中間には、大きくしないように椿、月桂樹、ユズ、キンモクセイ、木蓮を配し、外側にツゲの生け垣を回した。それが今日、雑木林然となり、落ち葉に苦労するという次第になった。これらの木は基本的に果樹であるので、実がなるのが当然楽しみである。しかしその実は、横着な私には几帳面に収穫出来ない。カリンの実はこぶし大になるがそれが熟すとゴンという大きな音を立てて地上に落果する。時には2つに割れたりするし、たいていは擦過傷がつく。カリンはお酒にすると貴重なのでこれまで大量に作ったが、置き場所がなくなり、この数年作るのを止めた。その代わりカリンは10月から11月ごろ、慎重に傷つかぬように収穫して欲しい人に進呈するようにしている。「ことしはまだ?」なんて催促されると、少しうれしいような気がするが、約束をうっかりしてしまったことも二三度あった。
今、窓の外のカリンあの枝は裸である。しかし外は少しも寒々しくない。雑木林は寒空の木枯らしを連想させるけれども、ぬくもりのある日だまりである。今カリンの枝には小さな芽がふくらみかけている。カリンの枝にはお客さんが必ずやってくる。メジロ、ウグイス、ジョウビタキなどの小鳥だ。これらの声を聞くのが楽しみなのは当然だ。
正月は幸い天気予報が良さそうだ。
4日には、英語サロンの人たちやその他おつきあいのある人たちが、やってくる。暖かければ庭に出て、樹木のそばで新年会をやってみたい。
カリンの木に寄せて
私の書斎の右手には小さな格子付きの小窓がある。普段は、うずたかく積まれた書類や新聞、その他のがらくたが邪魔をして日の光を拝めない。今日は年末の大掃除でそれらをかたづけたところ、折からの晴天でこの一角に光が差した。その小窓の眼前にカリンの枝が伸びてきている。カリンはバラ科の植物で花梨と書く。梨やアンズ、桃、ボケ、桜と同類の落葉高木である。窓の外のカリンは二本ある。2メートル離して植えてある。その隣にアンズ、さらに栗、その次がナツメ、その次がミカンと垣根沿いに配し、最後に大木になったアメリカフウがある。ミカンを除いて落葉樹であるから、晩秋は落ち葉掻きが一苦労である。いずれの樹木も樹齢30年余である。というのは、ここへ転居してきたときいずれも、爪楊枝のような、長くても割り箸大の長さの幼木を配したのであった。さらにその中間には、大きくしないように椿、月桂樹、ユズ、キンモクセイ、木蓮を配し、外側にツゲの生け垣を回した。それが今日、雑木林然となり、落ち葉に苦労するという次第になった。これらの木は基本的に果樹であるので、実がなるのが当然楽しみである。しかしその実は、横着な私には几帳面に収穫出来ない。カリンの実はこぶし大になるがそれが熟すとゴンという大きな音を立てて地上に落果する。時には2つに割れたりするし、たいていは擦過傷がつく。カリンはお酒にすると貴重なのでこれまで大量に作ったが、置き場所がなくなり、この数年作るのを止めた。その代わりカリンは10月から11月ごろ、慎重に傷つかぬように収穫して欲しい人に進呈するようにしている。「ことしはまだ?」なんて催促されると、少しうれしいような気がするが、約束をうっかりしてしまったことも二三度あった。
今、窓の外のカリンあの枝は裸である。しかし外は少しも寒々しくない。雑木林は寒空の木枯らしを連想させるけれども、ぬくもりのある日だまりである。今カリンの枝には小さな芽がふくらみかけている。カリンの枝にはお客さんが必ずやってくる。メジロ、ウグイス、ジョウビタキなどの小鳥だ。これらの声を聞くのが楽しみなのは当然だ。
正月は幸い天気予報が良さそうだ。
4日には、英語サロンの人たちやその他おつきあいのある人たちが、やってくる。暖かければ庭に出て、樹木のそばで新年会をやってみたい。
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