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夜中に目が覚めた。
みていた夢の続きでもないのに、手のひらに柔らかい感触が残っている。
その感触に懐かしさがある。記憶の底深くに沈んでいたものが、突然なんの脈絡もなく、眠りの切れ目に浮かび上がってきたみたいだった。
ぼんやりと、記憶のさきに知らない人が現れた。
大きな布袋をぶら下げていた。その袋のふくらみをそっと撫でた。なま暖かいものが動いたが、声もかけられなかった。それが子犬との別れだった。
子犬は6匹生まれた。
茶色が2匹、黒が1匹、白が1匹、そして茶色と白のブチが1匹。もう1匹は覚えていない。もしかしたら5匹だけだったかもしれない。
茶色と白のブチだけが、他の子犬よりもよく食べて成長が早かった。いつも真っ先にじゃれついてくるので、いちばん可愛がった。育ちすぎていたからか、ほかの子犬が全部もらわれてしまった後に、1匹だけ手元に残っていた。残っていて嬉しかった。このままずっと残っていてくれと願った。
いつも後ろにくっついてきた。ぼくが細い疎水を跳びこえたとき、跳びそこなって流れに落ちたことがあった。すこしドジな子犬だったのかもしれない。そんなことまで思い出した。
だがそれは、子犬とのわずかな楽しかった思い出にすぎない。
こんな真夜中にどうしたというのだ。手のひらに残った布袋の感触がぬぐいきれず、眠りの続きに入っていくことができなくなってしまった。
あの時どうして、布袋からすぐに手を引っ込めてしまったのか。悲しさや悔しさを、どうして黙って押し込めてしまったのか。その時こころの奥に押し込めてしまったものが、こんな真夜中の、今頃になってまい戻ってきたのだ。
小動物のこころしか知らず、悲しさも悔しさも、ただ受け入れることしか知らなかった無知な少年が、眠りの淵でぼんやり突っ立っている。今頃になって、悔しがり悲しんでいるのは誰だろう。