ひとりぼっちの夏
トンボのゆくえを追っていた
そんなときだ
川面に写った空の
入道雲のてっぺんから
その人は現われた
彼は草の匂いがした
草むらを歩いてきたのかもしれない
細い草の茎をくわえていた
川岸にならんで放尿した
手にも足にも黒い毛が生えていた
首がみじかくて猫背
歩くのも泳ぐのも不器用だった
だが古い時代をいっぱい知っていた
ぼくは心の中で
ぼくの原始人と呼んだ
彼は言った
おれは退化しつつある人間だ
過去はすべて空のクラウドに置いてきた
パスワードも忘れた
エクセルもワードももう使えない
もう英語も敬語もしゃべらない
ひげも剃らないと
その夏
ぼくと原始人は
川で生きることにした
泳ぎに飽きると
石を投げて胡桃の実を落とし
殻を砕いて食べた
石の作業だから石器時代だった
ぼくの原始人はつぶやく
夏が終ればいきなり冬がくると
冬も裸で暮らしたいと
夕立の天然シャワーで
一瞬の夏を浴びる
背中を打った光の粒は
やがて空を彩ることになるだろうと
その美しい虹を
きみは待っていればいいと
そのとき
ぼくの原始人の
さよならの声を聞いたような気がする
そうして
雨上がりの体がふたたび乾くまで
ぼくは虹の夢をみていた
目覚めると
短い夏は終わっていた
風の向こうの
彩りの橋を渡っていく
あれはたしかに
日焼けした猫背の背中だった
泳ぐような手つきで
うなだれて向こう岸に消えてしまう
その日から
ぼくは彼に会っていない
トンボのゆくえを追っていた
そんなときだ
川面に写った空の
入道雲のてっぺんから
その人は現われた
彼は草の匂いがした
草むらを歩いてきたのかもしれない
細い草の茎をくわえていた
川岸にならんで放尿した
手にも足にも黒い毛が生えていた
首がみじかくて猫背
歩くのも泳ぐのも不器用だった
だが古い時代をいっぱい知っていた
ぼくは心の中で
ぼくの原始人と呼んだ
彼は言った
おれは退化しつつある人間だ
過去はすべて空のクラウドに置いてきた
パスワードも忘れた
エクセルもワードももう使えない
もう英語も敬語もしゃべらない
ひげも剃らないと
その夏
ぼくと原始人は
川で生きることにした
泳ぎに飽きると
石を投げて胡桃の実を落とし
殻を砕いて食べた
石の作業だから石器時代だった
ぼくの原始人はつぶやく
夏が終ればいきなり冬がくると
冬も裸で暮らしたいと
夕立の天然シャワーで
一瞬の夏を浴びる
背中を打った光の粒は
やがて空を彩ることになるだろうと
その美しい虹を
きみは待っていればいいと
そのとき
ぼくの原始人の
さよならの声を聞いたような気がする
そうして
雨上がりの体がふたたび乾くまで
ぼくは虹の夢をみていた
目覚めると
短い夏は終わっていた
風の向こうの
彩りの橋を渡っていく
あれはたしかに
日焼けした猫背の背中だった
泳ぐような手つきで
うなだれて向こう岸に消えてしまう
その日から
ぼくは彼に会っていない
(ふわふわ。り)