ひさしぶりに親父に会った
釣ったばかりの岩魚をぶらさげて
反りかえって山道を下りてくる
いつかの河童に似ていた
秋になると
川からあがって山へ帰ってゆくという
そんな河童を村人はセコと呼んだ
親父とはあまり話をしたことがない
河童のことも
俺にはよくわからないのだった
親父は俺よりも二センチ背が高い
肩幅も広いし脚も長い
草の匂いと水の匂いがした
きっと人間の臭いも親父のほうが濃い
おふくろは河童が大嫌いだ
親父は河童に毛まで抜かれてしまったという
腐った鯖のはらわたで団子をこねて
親父はそっと夜釣りに出かける
川には尻(けつ)の穴を吸いにくる河童がいるらしい
雨あがりの山道
牛の足跡の水たまりに
なんと千匹もの河童の目が光っていたという
そんなものを見た村人はもういない
じつは親父もとっくに死んでいる
頭のはげたセコの話をすると
老いた雌の河童が泣くという
親父とはもっと
だいじな話をしたかった
(2005)