風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

河童

2010年04月22日 | 詩集「かぶとむし通信」
Kabosu


ひさしぶりに親父に会った


釣ったばかりの岩魚をぶらさげて
反りかえって山道を下りてくる
いつかの河童に似ていた
秋になると
川からあがって山へ帰ってゆくという
そんな河童を村人はセコと呼んだ


親父とはあまり話をしたことがない
河童のことも
俺にはよくわからないのだった


親父は俺よりも二センチ背が高い
肩幅も広いし脚も長い
草の匂いと水の匂いがした
きっと人間の臭いも親父のほうが濃い


おふくろは河童が大嫌いだ
親父は河童に毛まで抜かれてしまったという
腐った鯖のはらわたで団子をこねて
親父はそっと夜釣りに出かける
川には尻(けつ)の穴を吸いにくる河童がいるらしい


雨あがりの山道
牛の足跡の水たまりに
なんと千匹もの河童の目が光っていたという
そんなものを見た村人はもういない
じつは親父もとっくに死んでいる


頭のはげたセコの話をすると
老いた雌の河童が泣くという


親父とはもっと
だいじな話をしたかった


(2005)


この記事についてブログを書く
« ひまわりのような観覧車で | トップ | ぼくたちの神様 »
最新の画像もっと見る

詩集「かぶとむし通信」」カテゴリの最新記事