ええにおいやなあ
ええにおいやなあ
庭のぶどう棚の日陰で
おばあちゃんがなまずを焼いている
かんてき(七輪)の炭がこげている
なまずの蒲焼はおばあちゃんしかできない
なんでそんなに
ええにおいなんやろ
なまずは憎らしい顔をしている
大きな頭に小さな目
長いひげとぬるぬるの尾びれ
生きているのか死んでいるのか
ふてぶてしさが憎らしい
あの人が釣ったなまずだから
よけいに憎らしい
自分は食べないくせに
のんべんだらりの大なまずばかり釣って
ほかには何もできない
なまずを焼くおばあちゃんの
背中の丸みがかなしい
私はからだをぜんぶあずけたくなって
おばあちゃんの後ろから抱きついてしまう
ああ チエ子や
かんにん かんにん
おまえいきなり何すんねや
うまいこと焼かれへんやないか
あのなあ おばあちゃん
あとの言葉が出てこない
涙でおばあちゃんの背中を濡らしている
ええにおいやなあ
ええにおいやなあ
なんでこんな言葉ばかり
もう私の声じゃない
チエ子や おまえ
ややこ(赤子)でもでけたんとちゃうか
おばあちゃんの声がおなかに響く
涙がとまらない
(2004)