その頃ぼくは ほとんど青い水だった 手の水をひろげ足の水をのばす 水は水として生きていた やがて一本の川となって だらだらと川のままで 流れ続けていたが いつか新しい水になりたかった ミルク色した水になりたかった 水から生まれ水を孕む やわらかくて丸いもの 始まるときはいつも 一滴のしずくだという さらに大きくなって 宇宙の川と呼ばれたかった 校長先生のピストルで ぼくはびっくり飛び起きて 陸を駆ける生き物になった 痩せたお使い小僧は 豆腐屋の油揚げを齧った 樽から栓を抜くと黒い醤油 精米所の長いベルト お寺では夜の幻灯会 芝居小屋の映写技師 アメリカの古いニュースも フイルムが切れたら暗転 女のかんじんは踊り 落ち武者は素通りする カミナリ先生の庭には篠竹 ター坊の錆びた三輪車 新聞販売店のさみしさ 製材所でかくれんぼする 癇しゃく床屋は左投手 後藤薬局のビオフェルミン 越中富山の紙ふうせん 鍛冶屋のキャッチャー赤星 馬車引きは足にも蹄鉄 風呂屋の湯桶のひびきにも 郵便ポストは知らんぷり 削りかけの桐下駄が山積み そこはサード田中の家 職人は竹の篭しか編まない 夏目くんちは傘工場 開くとバリバリ番傘裂けて あかんたれの雨だれ 光るときは落ちるとき あわれ宙吊りのイノシシ 肉屋のおばさんは仁王立ち 覗けば宿屋のガラス戸の奥 いつも青いお化け電球が 崖の上にはお地蔵さん じゃんけんぽん カッちゃんのお尻は柔らかい ポチがいてタローもいた 仲良しが喧嘩する 坂を上ると小学校の 石の校門と木造校舎 松尾先生が白い紙をくれた 二宮金次郎と土俵と銀杏 長い廊下とオルガンと ふとポマードの匂い はないちもんめ 黄色い花が香って散った 金木犀の家はもうない There's no place like home ああ埴生の宿もわが宿 カラカラ空まわり 回りつづける道だけがある
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