おじさんの花火
ヒューヒューヒューと
おじさんは唇を鳴らしながら現れる
ドーンと叫んで両手を高くあげ
おもいっきり地面を蹴ると
おじさんの体は夜空へ舞い上がってゆく
闇に大きな花火がひらく
ぼくたちは
おじさんの花火が楽しみだった
おじさんは夜しか現れない
ビョーキだから痩せこけている
仕事がないから髭も剃らない
子どもも奥さんもいないようだ
そら豆のような唇を
ヒューヒューヒューと鳴らすのが癖だ
おじさんの花火はひと晩に一発だけ
空にあがったおじさんは
それきり戻ってこないからだ
おじさんは毎夜
ぼくたちのリクエストをきく
スターマインだ 牡丹だ 菊花だ
ロケットファイヤーだ ドラゴンマークだ
ゴールドショックだ 孔雀スパークだ
あれだ これだ
おじさんはかならずVサインするけど
おじさんの花火はいつも同じだった
もう花火は無理かもしれない
夏休みも終わる頃に
おじさんはさびしそうに言った
でもやってみよう
一発ナイヤガラに挑戦してみよう
おじさんはいつものように
地面を蹴った
ぼくたちはいっせいに夜空を見あげる
ナイヤガラはどんなだろう
けれども何も始まらない
ただ天の川がしずかに流れている
そのとき足元で
ヒューヒューヒューとかぼそい音がした
線香花火が弱い光を放射している
小さな小さな火の玉が
うるうるとしばらく浮いたあとに
ぽとりと地面に落ちて
消えた
そうして
ぼくたちの夏も終ったのだった
*
つくつくぼうし
シュクダイ シュクダイ
セミが急きたてるので焦っている
ぼくの夏休み日記
河原のオリンピックが忙しかった
競泳に石の砲丸投げ
棒高跳びに三段跳び
飛び込みで頭を切った
血と汗の赤いメダルはそれだけ
ノートは真っ白
オシマイ オシマイ
シュク シュクと
その言葉の意味は知らない
ヨーヨーおじさんは
シュクシュクと草むしりをする
爪も指もみどり色
ときどき草の匂いを嗅いでいる
それがおじさんの癖
セミの死骸をいっぱい空に放ったが
おじさんの夏は終わらない
ツヅク ツヅク
セミは死んでも鳴いている
それが
ヨーヨーおじさんの詩の世界
昨日と今日と明日
続いているが続かない
続かないものを続けようとする
指についた草の匂いが
今日もおじさんを悩ませている
草はやっぱり生き続けてるんだと
ツクヅク イッショウ
ヨーヨーおじさんと墓参りした
ドードーおじいさんの一生
チワチワおばさんの一生
おじさんの愛犬ムクムクの石ころも一生
蚊に食われて草むしりする
水をかけて墓石を洗う
どれも四角い
一生はみんな同じ
一行だけ日記の文句が浮かんだ
ヨーヨーおじさんは片想い
セミにもアイアイ姉さんにも
透きとおった翅がある
姉さんはぼくの天使だから
ぼくにだけ見えるものがある
ときどき彼女は空に舞いあがる
おじさんは手を伸ばす
届かない
ツクヅク オシイ