夜道はいつも暗かった
いつからか少年は月を見たことがない
たぶんあの石をひろった夜からだ
少年はそう信じていた
野球のボールほどの
ただ丸いだけの普通の石だった
いつだったか夜中に
近くの池のそばでひろったものだ
昼間は部屋にこもったきりで
その石を眺めたり撫でたりしていた
ほかにすることもなかったし
やりたいこともなかった
いつも体が地面から浮いている
少年はそう感じていた
だから手の中の石の重みが快かった
もう手ぶらでは
外へ出ることができなかった
このちいさな いしころは かたくて つめたい おまえには ちが
ながれていない おまえは ぼくだ ぼくは いしころだ いしだ
彼が言葉をかけるのは
その石にだけだった
いつも長い時間
その石と対峙していた
ある夜
石が濡れていた
それは涙のようだった
朝までずっと石は濡れていた
このなみだは どこから わきだしてきたのだ わすれていた
いままで こんなものが ぼくのなかに あったのか
つぎの日の夜
少年が池のそばを通りかかると
水面がいつもより明るかった
歩くにつれて
白く輝くものがゆっくりと
池の端から現れた
それは水面に写った月だった
少年は立ちどまった
池の月を眺めた
美しい
壊したい
長いこと忘れていた感情だった
だれかが少年の腕をつかんでいた
石を持った右手に力がはいった
石が少年の手をはなれ
水面の白くて丸いものが砕け散った
全身の力がぬけた
石が……そうつぶやくと
少年は歩き出した
急に足元が明るくなっている
黒い自分の影をみた
ふり向くと
さっきまで池にあった月が
少年のうしろにあった
(2004)