風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

ムーンストーン

2010年04月19日 | 詩集「ディープブルー」
Asuka2


夜道はいつも暗かった
いつからか少年は月を見たことがない
たぶんあの石をひろった夜からだ
少年はそう信じていた


野球のボールほどの
ただ丸いだけの普通の石だった
いつだったか夜中に
近くの池のそばでひろったものだ
昼間は部屋にこもったきりで
その石を眺めたり撫でたりしていた
ほかにすることもなかったし
やりたいこともなかった


いつも体が地面から浮いている
少年はそう感じていた
だから手の中の石の重みが快かった
もう手ぶらでは
外へ出ることができなかった


このちいさな いしころは かたくて つめたい おまえには ちが
ながれていない おまえは ぼくだ ぼくは いしころだ いしだ
彼が言葉をかけるのは
その石にだけだった
いつも長い時間
その石と対峙していた


ある夜
石が濡れていた
それは涙のようだった
朝までずっと石は濡れていた
このなみだは どこから わきだしてきたのだ わすれていた 
いままで こんなものが ぼくのなかに あったのか


つぎの日の夜
少年が池のそばを通りかかると
水面がいつもより明るかった
歩くにつれて
白く輝くものがゆっくりと
池の端から現れた
それは水面に写った月だった


少年は立ちどまった
池の月を眺めた
美しい
壊したい
長いこと忘れていた感情だった
だれかが少年の腕をつかんでいた
石を持った右手に力がはいった
石が少年の手をはなれ
水面の白くて丸いものが砕け散った


全身の力がぬけた
石が……そうつぶやくと
少年は歩き出した
急に足元が明るくなっている
黒い自分の影をみた
ふり向くと
さっきまで池にあった月が
少年のうしろにあった


(2004)


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