
雪は携帯を拾ってくれた人物を見た途端、露骨にその気分を顔に出した。

”青田淳の友達”と称する男は雪の携帯をかざしながら、「携帯はオレ様がしっかり保管しておいたぜ」と言って笑う。
雪はダッシュで彼に近づき、その手に握られた携帯を奪い取ろうとするものの、見事に何度もかわされた。

男は「焦らない焦らない」とゆったり構えている。
雪はその態度に苛つき、今までのこともあり文句を言った。
地下鉄でいきなり手を掴んできたことや、合コンをぶち壊したことを。

男は、自分は落し物を拾ってやっただけの善良な市民にすぎないと言った。
お茶でも一杯奢るのが道理ってもんじゃないのかと。
雪は事実を前に言い返せず、とりあえず二人は共にお茶を飲むことになった。
腕組みで男を睨む雪の前で、「そんな顔すんなって!」と彼はにこやかにコーヒーを勧めた。

「オレは淳の親友だから気楽に接してくれ」と言ってコーヒーを飲むと、
それが熱すぎて火傷し、大声で店にクレームを入れる。なんなんだこの男は。

雪はそんな男に向かって、青田先輩から言われたことを口に出した。
「先輩はあなたのこと友達でも何でも無いって言ってましたけど!
あなたとは関わるなって」

男は口を拭うと、雪の言ったことに対して溜息を吐いて見せた。
「アイツ今オレに対して拗ねてんだよ。
意外と根に持つタイプだからな」

雪は”拗ねる”というタイムリーな単語に、その目を丸くした。
男はしおらしげな表情を作ると、でっち上げた”なぜ淳が拗ねているか”という話を続ける。
「オレが上京して戻って来たことを自分に真っ先に連絡しなかったからってな‥。
その上普段からオレを信頼してないせいか、オレとの関係をあんまり人に話さないんだ」

自分の無神経さを恨まずにはいられないぜ‥と、
男は哀愁を帯びた表情をして項垂れた。

雪はオズオズと、「拗ねたって‥?」と聞く。
男は「アイツ本当よく拗ねるんだよ。一度拗ねたら手のつけようがないからな」と得意気に言った。

雪は今の自分の状況を前にして、当たらずとも遠からずな男の話は気になるものだった。
雪は、いつもはどうやって仲直りするのかと男に尋ねた。
男は意地悪い笑みを浮かべる。
「どうしてそんなこと聞くのかなぁ?
もしやアイツが拗ねるようなことでもしちまったのか?」

雪の答えはYESだった。今のところ口も利いてくれないと。
男は予想外の答えに身を乗り出した。
「え?!拗ねたってどんな感じで?」

その反応に雪は幾らか疑問を抱いたが、言葉を続けた。
「えっと‥話しかけても無視するし‥周りの子達も気づくくらいに‥」

雪の答えに、男は信じられないといった顔をした。
拗ねるとかデタラメに言っただけだったのに、まるで自分の話の通りになっている現状に。

そして他人の見ている前で堂々とそうした素振りをするという淳を、男は見たことが無かった。
「お前一体何やらかしちまったんだ?」

男の言葉に、雪は項垂れた。

彼女の反応に、男はしまったと思った。図星を突きすぎると、時に人は傷つくものだ。
「ははは‥淳ってヤツは‥!ははは!な~にやってんだか!なんでだろーな~はははは‥」

なんでオレがこの場を繕ってやんなきゃなんねーんだと思いつつ、男は彼女の気分が紛れるような反応をしてやった。
雪はそのまま今の状況を、彼に相談することにした。
「‥合コンから帰ってきたらそんな状況になってて‥
私‥何の考えもなく女の子を紹介したりもしたし‥どうすればいいのか分からなくて‥」

男は、今までの経緯から淳がこの女に気を寄せていることを確信していた。
しかしこの女は他の女の子を紹介するわ、挙句合コンに行くわで、そりゃ淳は頭に来るだろう。

亮の頭にあった、シナリオが動き出す時が来た。
「じゃあ、オレ様がいーこと教えてやるよ」そう男が言うと、雪は顔を上げて続きを待った。
「ひつこくすがりついて、愛嬌を振りまきまくれ」

「は‥はい??」

男は「愛嬌だよ愛嬌!」と言った。
アイツは女にそういうことされると弱いんだ、これでイチコロ、オレが保障する!と。

雪はあまりにも予想だにしなかった回答に、思わず本音を漏らした。
「‥そういう子、あんまり好きじゃないみたいでしたけど‥」

男はそれはその女がブサイクだったかなんかだろ、と言った。
淳は目が高いので、ある程度のレベルじゃないと愛嬌作戦も成功しないらしい。
雪は頭を掻きながら、そういう話なら自分では力不足だと言った。

男は目を逸らしながら、あんたくらいなら通じなくもないかもしれないと曖昧な返事をした。
自信を持ちなさい!と言うが、なんの説得力も無い。

その様子は、初めて会った地下鉄の構内で目を逸らしながら、
「オレは淳の友達だ」と言った時のデジャブのようで、

雪はその言葉の裏に訝しさを感じた。

溜息を吐き項垂れた雪を見て、男は不思議そうに言う。
「けどなんでわざわざ仲直りしようとすんだ?無視すれば済むことじゃねーのか?
大学生活ってそういうもんなのか?」
雪が顔を上げると、男は続けて言った。
「まぁけど、もったいないっちゃもったいないかもな。あんたの気持ちも分かるぜ」


雪は奇妙な気持ちだった。
先ほどの萌菜のアドバイスよりも、信頼の置けないこの男の言うことの方が、
自分の心に沿うような気がしたのだ。

雪は携帯を取ると、お礼を言って席を立った。
その後姿に、男は「おい」と声を掛けた。名前くらい教えていけと言って。
雪は名前くらいなら教えても大丈夫だろうと踏んで、口を開いた。
「赤山雪‥です」

男は声を掛けた。「おい、赤山雪」と。
「淳に何かされたら、オレ様に連絡しろよな」

オレはこう見えて良い奴だぜと笑う彼に、あまりこういう台詞に免疫の無い雪は赤面して踵を返した。

チリン、と鈴が鳴ってカフェの扉が閉まる。
それを合図に、亮は堪えていた笑いが噴き出した。
プハハハ!あんなん信じるかフツー!どんだけだよ!

亮の脳裏に、高校時代の青田淳が浮かぶ。

あいつの一番嫌いなタイプの女が、しつこいタイプの女だ。
彼の引く”適当な線”を超えて入ってくる女を、何よりも淳は嫌っていた。

自分の気になってる女が、蓋を開けてみれば一番苦手な部類の女だと知ったら、
あいつの性格上かなりのダメージを受けるだろう。
亮はそんな淳を想像しては、また腹を抱えて笑った。

出だしにしては悪くないスタートだ。
亮は一人、いつまでも止まらない笑いをこらえていた‥。

雪はカフェから出た後も、あの男の胡散臭さに頭を悩ませていた。
今まで会ったことのないタイプの彼は、雪にとっては別世界の人間だ。
すると携帯が鳴り、見ると新着メールが入っていた。
またねーん 河村亮

雪は見慣れない名前に不信を抱いたが、
先ほどの”青田淳の友達”が送ってきたメールだと気付いた。

河村亮‥。
雪は意外にも彼が普通の名前だったことに驚いた。
てっきりトーマスとか外国風な名前だと思っていたのだ。
「‥‥‥‥」

フゥム、と雪は息を吐いた。
河村亮の俺様アドバイスが、頭の片隅に残っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<俺様からのアドバイス>でした。
萌菜と亮、二人のアドバイスを受けて、雪は頭を悩ませます。
合理的に考えれば萌菜のアドバイスが正解だと思いますが、雪が引っかかってるのは”気持ち”の部分。
その気持ちの部分を亮が言及してくれたんですよね。無くしてしまうのはもったいないと。
雪と亮が互いの名前を知ったこの回は、”青田淳の女”と”青田淳の友達”から”赤山雪”と”河村亮”へと変わっていく
始まりの回でもあるのかなと思います。
次回は<結論>です。
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日本語版で、「ひつこく」「ひつこく」という表現が何度か出てきてて、すごく気になってました。
かと思うと、「しつこい」と表現されてる時もあるんです。
私の会社に「失敗」を「しゅっぱい」と言う人がいて(←40代男性)、それが気になって調べてみたら、「10分」を「じっぷん」と言うのと同じではないか、という辺りで結論つけたんですが。。
未だに、その会社の男性(←しかも席隣り)が、なぜ「しゅっぱい」で通すのか気になったままです。
でも下手に指摘して「しっぱい」に言い換えられると、私の楽しみもなくなってしまうので、聞けないというよりは聞かないでいます。。
河村さん、横山に「野郎のくせにしつけーんだよ」と言ってます。参照↓
http://blog.goo.ne.jp/michitacosy/e/0b00023b4b3ac0f31f5b78b64969cebf/?cid=c27e0a7fe0f1af1253807a67b953dd17&st=0
いつから言い方を変えたのてしょうか。
心ない誰かに指摘されたのでしょうか。
さてはあの小太りんか…
「ひつこい」「ひつこく」と入れたかった。
そんだけ…
自分が入れたコメも修正出来んモンなのかね。。
「ひつこい」というのは「しつこい」の音変化だそうで、通常は会話のみに用いられるそうです。
本家版の方を翻訳かけてみても「しつこい」と出ますし、特に方言らしくもないです。
ですので、単純に翻訳者の方が間違えたんじゃないですかね~。誤字脱字多いですし、その一部だと思って見ています。
しかし職場の方の「しゅっぱい」は気になりますね!聞いたことないです、しゅっぱい‥。
しゅっぱいはせいこうのもと‥。
なんだかしゅっぱいしゅっぱい言うと唾液が出て来そうですね。梅干し的な。。
今さらしゃしゃり出てくることでもないんですが、生粋の江戸っ子としては無視できない話題だったのでコッソリ書き込んでいきます。
私は周知の事実だと思い込んでいたのですが、たしかにググってもはっきりした説明が出てこなくて意外でした。実はこれ江戸なまりなんですよ。
江戸の人はその昔「さしすせそ」がうまく発音できませんでした。しかもせっかちで早口だったので、サ行の発音はたいがいハ行になっていたそうです。渋谷が「ひびや」に聞こえるくらい。
時代が流れ徐々に人々の滑舌も良くなってきたわけですけど、向島生まれのうちのばーちゃんなんかはまともにサ行が言えなかったし父も下手くそですよ。もちろん「しつこい」が正しいと知っているし、どうしても「ひつこい」になっちゃうのです。
そんな江戸っ子をおちょくる意味でわざと「ひつこい」と言ってみたりしてふざけてたのが、なんとなく現代に残ったのかなーと。だからこの言い方は今でも主におちゃらけた場面で使われてると思いますよ。データはないですけど。
私がもし訳者だったら、亮のようなキャラの登場人物には「ひつこい」を言わせてたかもしれないですねー。ニュアンスが通じると疑わずに。
もしかすると「ちょっくら」だの「おいとま」だの多用する方だから、私と同じような環境で育った方なのかもしれません。
どーでもいい話、長々とすいやせんでした。それではこれにて、ごめんなすって。。
しかしさかなさん、勉強になりました。
サ行がうまく言えないという江戸っ子のなまりだったのですね。
もうここまできたら亮を江戸っ子キャラにしたいですね。
べらんめぇとかてやんでぇとか、彼なら言っても違和感ないような感じもします。
さかなさんも江戸っ子か~