雪は思わずグッと唇を噛んだ。
先程青田淳から言われた言葉が脳裏に蘇る。
「やったからって誰も見てないって」
その言葉を聞いた途端感情が波立ち、気がつけば小さく震えていた。
いつもなら飲み込むその怒りが、今はおさまってはくれなかった。
ギッ、と雪は鋭い眼差しで淳を睨むと、彼に向かって口を開いた。
胸の中は荒天だが、口調は恐ろしい程静かだ。
「‥誰かが、」
「見てようが見てなかろうが、私が言い出したことです。
とにかくちゃんとやればそれで良いでしょう?」
淳は瞼を開け、視線だけを動かして彼女の方を窺った。
雪は彼に背中を向け、外に出るためにジャケットを羽織る。
「‥確かに、その通りですよ。」
「皆が気づかないなら、ホントに‥ピエロになった様な気分ですよ‥」
ぐっと握りしめた、その手と声が震えていた。
淳は思わず目を見開き、視線は彼女の表情を窺う。
しかし雪はくるりと彼に背を向け、その表情を彼に見せはしなかった。
そしてまだ震えの残る低い声で、こう続けたのだった。
「全部‥良く見せようとしてやってるわけじゃないです」
「一人でやってしまった方が気楽ってだけ‥」
淳は思わず反応した。
その言葉に、既視感を覚えて。
雪は横顔だけを彼に向け、静かな口調でこう問い掛ける。
「それはアンタ‥いえ、先輩も同じじゃないんですか?」
淳は思わず目を見開いた。
世界一遠いと思っていた人間から、”同じ”という言葉が出て来たことに。
雪は苛立つ感情を抑えきれずに、とうとう彼に向けて皮肉を吐いた。
「一人で残ってやったからって、誰かが賞でもくれるんですか?」「な‥」
その嫌味を含んだ言い方にカチンと来て、思わず身体を起こす淳。
しかし視線の先に居る雪の表情を見た途端、すぐに言葉は引っ込んだ。
「それじゃ」
そのまま雪は去って行った。
この場に不快な空気を残したまま。
そして淳は彼女が居なくなるのを、ただ目を丸くして見つめていた。
先ほどの衝撃で、感情のどこかが麻痺している。
頭の中で、彼女の言葉がグルグル回る。
「一人でやってしまったほうが気楽だ」と、「それは先輩も同じじゃないんですか」と‥。
心のどこかが、共鳴している。
けれどそれがどこでどういう類の感情なのかは、まだよく分からない‥。
考えれば考える程、突き詰めれば突き詰める程、分からなくなっていく。
淳は髪の毛を掴みながら、鈍く痛む頭を何度も横に振った。
ただ、不快だった。
彼女の寄越した嫌味が、チクチクと心を刺す。
ムシャクシャした気持ちで、淳は再び身体をソファに投げ出した。
波立つ感情を持て余して、淳は顔を顰めたまま拗ねるように寝転がった。
彼女と関わり合うといつも、物事は自分の想定を大きく外れて行く‥。
ダンッ!
大きな足音を立てながら、雪はポスター片手に大学へ続く道を歩く。
ハイハイ、明日からまた私をネチネチ追い詰めるんでしょ?!
心の中に、不快の雲がモクモクと膨らむ。
雪は怒りにまかせ、ポスターをバンバン壁に貼って行った。
私がいつ?!誰も見てないって?!
ふざけんじゃないわよ!
誰の話を‥
してんだっつーの!!
キーッと声を出しながら、雪は思い切り彼の無礼に腹を立てた。
青田淳、許すまじ。
そう決意を固めながら、雪は大量のポスターを持って通りを歩く‥。
「フン!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>不快 でした。
二人共似ている面を持っていることが、今回の話で顕著になりますね‥。
雪ちゃんがここまで憤るのも、先輩が雪の存在や言動にムッとしてしまうのも、
同族嫌悪に近いものがあるような‥そんな感じですよね。
次回は<雪と淳>豪雨 です。
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なるほど。
いつしか、周りの期待に応える方が楽だと諦めていた先輩の前に、周りに評価されなくても自分を犠牲にしても頑張っちゃってる人が現れて…
無意識に自分を重ねてイライラしちゃってたんですね先輩。
雪も痛いとこ疲れて、じゃそういう自分はどうなのさ?って
実際そういうの…あるある。
ありますよね。
だけど先輩、皆んなの前では雪ちゃんなんつって裏表ありすぎですー!
出来たとしても、それが君の当たり前にされちゃうよって
言ってくれた職場の先輩が
今の夫です。
って言えたら、よかったんですが(^^;
さまざまなこと思い出す。お話ですね。
せめて、一緒にやろって言えばよかったんだよ。じゅん君。
そうそう、先輩の怖いところは裏表ありすぎなとこなんですよね。
皆の前でも思ったことを素直に言ってれば、「ドS先輩」として一部に人気になったかもしれない‥。
papurikaさん
今の夫‥ではないわけですね‥^^;
良い言葉ですね。
疲労と身体の不調も相まって、日頃かぶってるネコの下の素がお互いかなりむき出しになってますね
そして疎ましくも見つめ続けてきた相手の本質を欠片でも理解した証左の行動がようやく出てきたかと思います。
淳はあんな態度でも雪の気質に甘えてるとは思いませんか!つまりはデレの発露ですよ!!
だって他の大学のメンツには絶対にとらない言動ですよ、亮と静香にならやるでしょうけど、柳にだって見せたことないはず。
仕事をやらせる気は始めからなかったとしても、雪が大人しく帰るはずはない事も、認めたくないだけで理解はしちゃってますよ。
だってそれこそが同族嫌悪なんですもの
自分の持つスマートさが雪に足りない感じも余計に苛立ちの理由にもなってるんでしょうね。
そしてこんな目にあったら、雪にしちゃそりゃデレられても疑念しか持てないわなぁ…