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淳と雪は病院へ行き、ひと通りの検査と処置を受けてから警察署へ向かった。
過剰防衛で問題になるかと思われた淳も、特に問題なく警察署から出ることが出来た。
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雪が淳と蓮に付き添われながら建物から出ると、署の前に憮然とした表情で座っている亮と目が合った。
「あ」
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亮は三人が出てくるのに合わせて立ち上がり、「無事終わったか?」と雪に声を掛けた。雪が頷く。
亮は、雪と淳の目の前に立った。雪の顔に貼られた湿布が痛々しい。
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亮は複雑な胸中だった。雪に対してなんとも言えない想いが交錯する。
何かと災難に巻き込まれる彼女、そして亮が一番警戒している男と付き合っている彼女‥。
「‥お前の人生もマジで楽じゃねーな」
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亮は溜息を吐きながら、彼女の運命を思って憂い嘆いた。
様々な経験を積んできた亮から見ても、雪の人生は多難なのだ‥。
亮は外食すると何かと色々なことが起こると言って、それきり三人に背を向けた。
「んじゃオレはこのへんで」
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そう言って去って行く後ろ姿に、雪が申し訳なさそうにお礼を言う。蓮も明るく声を掛けた。
「亮さん!バイトの件、三日以内に連絡下さいね!それ過ぎたらアウトっすよ!」
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亮は「わーってるわーってる!」と言って頷いた。
彼はこれから携帯の番号を変えたり引っ越しをしたり新居を探したり‥多忙なのだ。
亮は後ろ手に手を振りながら、「迷わねぇ様に出迎えよろしくな!」と言って去って行った。
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彼の背中が小さくなるのを見送ると、淳が二人の帰宅を促す。
「行こう。弟くんも」
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二人は頷いて、あの雑然としたアパートに向かった。蓮が「とんでもない一日だった」と言って溜息を付き、
淳が「皆災難だったね」と同意して頷く。
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雪は警察署の方を見ながら、様々な想いが胸の中を交錯するのを感じた。
先ほど刑事から聞かされた事件の顛末が脳裏に蘇る。
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刑事は男のプロフィールを雪に教えてくれた。
男はやはり大家の孫ではなく、架空の旅行会社の社長という立場であった。
年齢は三十三、前科もあるという。
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大家のおばあさんはこの男からパッケージ旅行の詐欺に合い、入国が大幅に遅れていたらしい。
おばあさんが男から身体的な被害を受けたわけでは無いことを知って、雪は安堵した。
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しかし心配なこともあった。それは先ほど刑事から聞いた男の供述内容であった。
ここに男が話した彼の主張を記載しよう。
「なぜ僕が捕まらなくてはならないんですか?あんたらの考えの方がおかしいと思いますけどね。
大したことしたわけでもないのに、性暴行だ下品だ愚劣だって‥大騒ぎしすぎなんですよ。僕のどこが変なんですか?
今の社会自体が歪んでいるってのに‥僕程度ならザラにいると思いますけどねぇ。
男が女を好むのは当たり前のことでしょう?刑事さんだってそうでしょ?
皆それぞれの方法で性欲を解消するんじゃないですか? うう‥いてて」
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男は蓮を指さし、見下したような視線で彼を見て言った。
「世の中には僕より異常な人がいっぱいいるんですよ。そいつらから掴まえて消すべきで‥」
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男の主張は続いた。独自の価値観で語られる饒舌な供述。
刑事は男を取り調べた感想を、最後に雪達に述べた。
「とにかく意識はしっかりとして喋っていました。
しかし勘違いを通り越して完全に詭弁ばかりです。正常でないことは確かでしょう」
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もし今後の調査で男に精神的異常が認められれば、あの男は軽い処罰のみになると刑事は述べた。
それを聞く雪の表情は険しく、淳の表情は飄々としていた。
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彼なりの報復は、法など関係ないということだろうか?
何にせよ今回遠藤さんに怪我をさせ、皆に被害を与えたあの男‥。
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減刑になる可能性があるということに、雪は不快感を感じた。
神様、法律様、どうかあの男に重刑を‥。
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まだ顔に痣の痕が痛々しいものの、雪は何とか事務室のアルバイトに来ることが出来た。
今回の事の顛末を、遠藤助手に報告する。
「それじゃ犯人は捕まったってことか。青田が捕まえたってのがちょっと癪だけど‥、
まぁとにかく!秀紀の容疑はこれで晴れたってことだよな?!」
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雪は笑顔で頷いた。完全に疑惑は晴れたので心配しないで下さい、と言って。
「そりゃ良かっ‥」
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遠藤は携帯を取り出して彼にメールしようとした。
しかし今自分と秀樹がどういう状況なのか、改めて気がついてその手が止まる。
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遠藤は携帯を仕舞うと、そのまま雪に背を向けて自分のデスクへと戻って行った。
その態度と言動を見て、雪が遠藤と秀紀の関係を察する‥。
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そして遠藤は自分のデスクに戻った途端あることを思い出し、雪のデスクにある物をドンと置いた。
「??」
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遠藤は、自分を助けてくれた人はお前の知り合いだろうと言ってその包みを雪に渡した。
雪は頷く。河村亮のことだ。
「何度かお礼の電話したんだけど、いっつも面倒くさがられて‥。
それでも恩人に何もしないのも心苦しいからな、これ渡しといてくれ。言っとくけど超高級のハムだぞ」
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妙に義理堅い遠藤と、何かと頓着しない亮と‥。雪は苦笑いしながら頷いた。
すると遠藤は「これやるよ」と言って、今度は雪に紙袋を寄越した。
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中を見ると、そこにはビタミン剤が入っていた。これはお前に、という遠藤の言葉に雪が顔を上げる。
「まぁ‥その‥お前にも色々‥なんだ」
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遠藤は雪と目を合わせないまま、言葉を濁した。
けれど彼女を心配する心と今までを詫びる気持ちは真っ直ぐ伝わり、思わず雪は笑顔を浮かべる。
「あたしには?!」 「私にはぁ~?」
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遠藤の後ろから、品川&木口タックルが炸裂した。彼女らの突然の行動に、思わず遠藤は顔を青くする。
「あたしもビタミンのサプリよく飲むのに~」 「私も~」
「お前らビタミンの効果ゼロだな?!離せって!」
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「まいっか、止めよ」 「そうね。遠藤くんの血管切れてまた出血しちゃう」
「押すなっつーの!!
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夏休み中通った事務室のアルバイト。
最初は遠藤さんからの嫌がらせにやられてばかりで、慣れない仕事に緊張して‥。
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夏休みも終わりの今は、この場所が居心地良く感じる。
「遠藤くんえーんえーん」 「えーんえーん」 「やめろ!
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雪は心の中で呟いた。
大きな事件は時に傷を残すけれど、結局全てのことは時間が解決してくれるのだろう
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事務室のバイトを終えて、夕方塾に向かう。雪は不思議な気分だった。
たった一日過ぎただけなのに、私と私の周囲は何事も無かったかのように日常に戻る
しかも塾では夏期講習最後のテストが行われた。雪は今までの勉強の成果をぶつけるように、解答用紙に向かう‥。
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<収束>でした。
遠藤さんのツンデレっぷりが良いですね‥!やっぱり本来は優しい人なんですね、遠藤さん。
携帯を手に取りかけて止めるところは切なかったですが‥T T
次回は<彼女との最後>です。
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青田先輩が罰せられなくて良かったです。
そして、次のタイトルが非常に気になります…!
更新大変かと思いますが、頑張ってください(*´-`)
応援しています。
ありがとうございます、その名もちーとらさん!
はじめまして^^
あ、次のタイトル‥気になっちゃいましたか‥。
意味深にしすぎましたね‥すいません^^;
また明日読みにいらして下さい~♪
お待ちしてます!
それにしても変態男「俺のどこが変なんだ」とか言ってまるで誰かさんのようですなw
アンタと同類だなんて言われたくないわっ!と息巻いたワレワレも「この二人、どこがヘンなのか分かってないとこが同じ…」と思わざるを得ません。
100%違う人も無いんじゃないでしょうか。
ゆっくり話してみたら変態と淳も同じところをみつけられるかも。誰にも理解されない気分とか。
心の門を開かない淳には無理ですけどw
だって先輩、雪を「発見」するに1年かかりましたよ?
いるんですねー人嫌いのくせに人間関係への欲求はあるひと。
そんな人は普通一人ぼっちなのに、先輩はそうでもないのが凄いんですが。
災難の日でしたね。雪にだけじゃなく青田先輩にも。
「いつかあの女はあんたに背を向けるはずだ」
遠藤さんにパントマイム投票!
彼はいつも声を荒らげているイメージですが、本当は優しくて気配りが出来て‥。だから品川さんや木口さんに好かれてるんでしょうね~^^
雪のバイトが終わってあの三人のやりとりが見れなくなるのは残念ですねぇ。
変態男‥完全にいっちゃってますが、実は先輩の根っこも完全にいっちゃってるので、何とも言えないですね‥。勿論変態の方は犯罪なので悪に違いないんですが。
CitTさんがおっしゃるように、変態男と先輩、「誰にも理解されない」というところは共通点ですね。
育ってきた環境なのか、生まれついてのものなのか‥。淳は前者で変態は後者のような感じもします。