ゆこちんのトランペット

トランペット奏者 藤井裕子のコンサート情報、トランペット談義のつもりが…こぼれ話や大きな声では言えない話も…毎日更新中♪

音楽家の認識と盲点

2021年08月16日 14時03分08秒 | 音楽&トランペット&レッスン
タイトル何にしようかな?と思ったら、もう勝手に降ってきたから、これで良いのか分からないけど、それにしますw

昨日のキリサーさんのYouTube生配信
これね!!!もうひとつ前のも内容的には同じ方向を示してるって思うんだけど、
はーい、これもね!!

で、頭の中に何となく引っかかっていたわけなんだけど(いい意味でね)、


これとは別に、

認識してないモノは見えない(聞えない)ってのさ。
つまり認識してないモノは無いのと同じ・・・

これは、私が小さいころから感じていたことなんだけど、どうも量子力学やら、普通に脳科学やら心理学やら、、そういう観点から進めて行っても、同じ結論になるみたいで、

自分がその存在を感じることができる下地がないと、そこにそれがあるか分からないっていうの。


結構多くの人が、そんなバカなことないよ!!って思うんじゃないかなー?

でもね、例えばだよ、、、

自分の腕時計の文字盤が数字か、それとも棒だけか、点なのか、どんな形かなんて、ほーら、毎日見てるはずだけど、思い出せなくなーい??

大好きすぎて、メロメロしながら見てる人はきっと分かるよね。でも普通の人にとって腕時計は、時間を教えてくれればいいだけだから、「時間」という情報を抜き出したら、あとはあまり認識してない。

そういうのは、いろいろあるよ。

同じ道を歩いていて、「この道ってさー、焼肉屋の看板多いよねー?」なんて言われても、「え???そんなのあった??それよりさー、ここって緑がキレイだよねー」みたいに、自分に興味があること以外は、全く認識されてないなんてことは日常茶飯事。

ウチの両親の言い合い(誤変換で「良い愛」って出た!こっちの方がいいねw)なんかも、

父「ほら、あの人さっきあそこ歩いてた人じゃないか!」
母「え??そーぉ?全然分からないよ!」
父「バカだなー、見たらすぐわかるだろう?頭が良い学校出てて、大したことないなー」
母「なによー!!馬鹿にして!感じ悪い人だわー、ヤダヤダ!!」


みたいなさー。

父は警察官だったから、単にそういうことに目が行くだけなんだよ。それを誰もがそういう風に人を見てるって思い込んでるだけ。

もしかしたら、「あの服はステキねー、〇〇ってブランドね!」なんて母が言ったところで、父には何のことやら分からなかろうし、どの服のことやら見えてもないさw


でも、それはウチの父や母がポンコツってわけじゃなくて、人間ってそういうもんだってこと。

自分の興味があるモノ以外は存在しないのと同じ。

ヤなことにフォーカスすると、そればっかりが集まってくるように思えるのも、そういうこと。

でね、

音楽家は、、、

これも人によって全然違うと思うんだけど、例えば、

音程がとても気になる人にとっては、それがやたら聞こえ、
リズムが気になる人にはそれが際立って感じ、
歌詞の意味が大事な人にはそれがホントに中心で、
コード進行に喜怒哀楽感じる人はそこがもう見逃せない・・・


もちろん、自分の楽器にはやたら耳が行きやすい。

あそこのトランペットの音さー、ちょっと高くない?

みたいに。
他の人が聴いてもそんなのどうだったっけ?しか思えないこともいっぱいある。

音楽家はさすが、耳が良いね!なんていわれることもあるけど、
そうやってピンポイントに聴いてたりするから、やたらそれが気になったりして、それで気が付くことが多いってだけかもしれない。


だから、ただ単に聴くだけって人の方が、案外的を得た評論をしたりするもんだ。

大抵は自分の思い込みとの比較になったりするからね。
何かしらのフィルターがかかってしまう。

絶対的な感覚で感じるってことは、逆に難しい。

分析的に聴く癖が付いてる場合も多い。
だから、音楽に浸り切ったり、身を委ねたり、ただただ感じる・・・ってのは、逆に訓練がいるかもしれない。

音楽を「脳」ではなく、振動として身体で聴いてみたら、今まで感じているよりたくさんの情報が心に届いて、全く違う体験になるかもしれない。

ここ3か月通ってる暗闇フィットネスも、音楽がガンガンかかってる中で、まぁ平たく言うと・・・音楽に合わせてエアロビみたいな感じと言えば分かりやすいんだろうか??まあそんな感じなんだけど、

音楽の感じ方が、意識の持って行き方で驚くほど変わるんだよね。

身体の軸を感じて、身体を「空だ」にできたなーと感じると、急に今まで聞こえてなかったたくさんの音を感じたり、

音楽に合わせて動こうとするのをやめて、自分を世界基準だ!!って思って、自分から音が出てるかのように、思いっきりやると、音と一体になった感じがして、もはや「聴く」という感覚はなくなる。

低音に乗ろう、と思えば急にベースのドゥンドゥン言う振動が伝わってくるし、ドラム・・・って思うと、急に軽いビートが飛び込んでくる・・・


そんな風にめっちゃ感じ方が違っちゃう。

そんなこと言い出すと、ホントに同じものを見たり聴いたりしても、いかようにも感じ取ることはでき、その感じ取り方は「自分で選択できる」ということにも気が付く。

すべて自分。。。

ありゃ???

最初に書こうと思ったことと、ズレてきたなw

いずれにしても、音楽家は音楽の専門家ゆえに、「聴くポイント」が人によって絞られてる可能性があって、それが逆に音楽のすべてを感じ取りづらくしてるかもしれない。それが盲点であって、でも盲点ゆえに見えて(聞えて、感じ取れて)いないことにも気が付かない。
だって、認識してないモノは無いのと一緒だから。

そういうことも、ちょっと感じた方がいいなー、、、


って急に映画見たり練習したりしてたら降ってきたの。

というわけで、今はマエストロ永峰おススメの「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」見てんねんw

それではまたねー!
コメント (1)
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泣いた・・・・【ブランカとギター弾き】

2021年08月16日 12時06分52秒 | 映画・本・CDなど
 こんにちは😭😭😭😭

家族ってなんだ?
家ってなんだ???

もー、そんなのをグオーっと魂の底から感じさせてくれる映画でした。。。

たまらん、、、

フィリピンの社会についても感じることができたよ。
前に見た、インドの【ピザ!】も南インドの社会が感じられたわ。
 



ブランカとギター弾きについてはこちら、、、
映画見た後、読んでねッ!!いや、前でもいっか!
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