まつや清の日記 マツキヨ通信

静岡市議会議員 まつや清の日常を毎日更新!

引っ越し準備で頭が痛い

2007年05月21日 | その他
 今週の土・日の引っ越しに向け準備におおわらわです。といっても、大半が議会資料で私の取捨選択がまず優先と目の前の大量資料に唖然です。写真は、この03年から07年の県議会会派「市民の風」コーナー、これもなくなります。

 資料を見ていると、どれもこれも残したくなりますが、「センチ」になっているわけにいきません。3分の1にする事がまず第1目標です。そして、ほとんどが紙の山。環境グループからの厳しい視線が気になります。ボランティア募集です。
 

暑い陽射しの中、朝鮮通信史行列に参加

2007年05月19日 | その他
 朝の雨でどうなるか心配されましたが、おっとどっこい、350名の市民、民団、総連など関係者の熱意が伝わったのか、大変暑い陽射しの1日となり、朝鮮通信史行列が成功裏に終わりました。明日は清水区で行われます。

 駿府公園での国書交換式典では、石川知事と韓国横浜総領事がそれぞれにメッセージを読み上げました。静岡県、韓国の代表団で仕方のないことですが、参加者に朝鮮学校の子供たちもいますから、日朝関係への配慮ある発言もあったらよかったと思います。

 私は従事官の旗持ち役でしたので、式典では他のメンバーと一緒に演壇に上がりました。知事の後ろ側にたって、静岡空港、ソウル事務所の話しを聞いていました。知事は、私がそこにいる事を知っていたのか、どうか。

 距離は短かったのですが、旗の重さゆえか、結構つかれました。400年前にこの駿府城にやって来た異国の人々は何を感じたのでしょうか。少しだけ、歴史的気分に浸りました。サムルノリのビートに体が自然に動いていました。
 

政令市の介護保険行政の実像

2007年05月18日 | その他
 市民派議員「するが湾ネットワーク」主催の介護保険勉強会に参加しました。講師は、静岡市保険福祉子ども局福祉部 介護保険課長の鈴木宏明さん。全国の政令市担当者との会議や国との直接の協議の経験を踏まえて、自信にみちた意見を述べてくれました。

 テーマは、1、主な改正内容、2、軽度者への給付(制限)、予防給付、予防事業の創設ー将来予測、3、持続可能の為の制度改正―方向性は、4、最新情報についてで約1時間の講演でした。話すだけでなく、何回も議員の意見を聞きたい、も繰り返しました。

 聞いていて、県での議会での議論の中身と現場を抱え県並権限を持つ政令市担当者の違いも感じました。やはり、県は広域行政専門。従来の要支援、要介護1が要支援1、2、要介護1に変わり、どういうことが起きているかの説明は具体的です。

 地域包括支援センターに委託するケアマネージャー的専門職員の人件費の算定方法や一人あたりの担当数100人メドがオーバーした時の対応策、予防事業と介護予防の違い、介護給付を受ける高齢者の状態・・・・、市と県の扱うテーマは異なっています。

事業認定取消空港訴訟を傍聴

2007年05月17日 | その他
 静岡空港の土地収用事業認定取消訴訟、証人申請を裁判所が認めなければ裁判官の忌避も辞さない、としていた弁護団、その決意が伝わったのか、裁判長は、原告側が示していた4人のうち、需要予測に関する証人=「住民投票の会」の林克さん1人を認めました。

 残りの3人は、土地収用法ー事業認定に最終的「お墨付」を与える「社会整備審議会」事務局担当者、事業認定判断した中部地方整備局担当者、国土交通省公共用地分科会会長です。原告側は、知事が国に提出した「話合い解決を約束した確認書」が社会整備審議会どんな審議対象となったのか、ここが訴訟の大きな争点としていました。


 社会整備審議会での議事録の提出命令を東京地裁に求めましたが、最高裁は3月30日(県議会議員選挙の告示日)開示・非開示は憲法争点でないとして棄却判断を示していました。ならば、証人という経過でした。次回は8月23日14:00から16:00、証人調べ。

 写真は、訴訟後の報告会風景。ここで配られた『世界6月号』での鎌田慧氏による「静岡ゼネコン空港」ルポ。焼身自殺された井上英作さんの抗議文の紹介があります。彼の遺志を継ぐためにも選挙は勝たねばなりませんでした。思わず唇を噛みました。

夏至の6月22日にキャンドルナイトを楽しむ

2007年05月16日 | その他
 写真は「みんなでちょっと動けば変る。」という見出しのチラシ、内容は夏至の6月22日20:00から22:00まで、キャンドルナイトでロマンチックな夜を過ごそうという呼びかけです。そして、4900万世帯、つまり日本の全ての世帯にまこうと。

 環境問題は、楽しみながら!あの企業が悪い、政治家が悪いという何かを否定するスタイルを改めよう!1人1人がちょっと動けば変る、日本の全世帯がたった一個だけ、省エネの電球に変えるだけで92万台分の車のCO2が削減できる、みんなでやってみよう!

 今年の11月に青森県6ヶ所村の原発の使用済み核燃料の再処理がはじまるけれども、放射能汚染は大丈夫?ここに集まってくる全国の原発の核のゴミ、ろうそくの光の夜を取り戻すことで、原発からできる電気の使用量を減らそう、です。

 こんな運動に賛同する若い人たちが動き始めています。今日は、そのメンバーの1人の大学生のTさんと2時間ほど話す機会がありました。おおいなるカルチャーショックと感動でした。情報のネットワークをソフトにウエーブさせています。

 この若い世代の柔らかい時代感覚をどう吸収できるのか、どう自分が変れるのか。「落選でへこたれていることを隠さずに、それでいてニコニコ元気に振舞う松谷さんって、メダルでいえば金メダル」と、30年も若い彼が言ってくれるのだが、ウーム・・・・。

 

市民派議員は「新しい公共」を拓けるか

2007年05月15日 | その他
 「市民派議員は「新しい公共」を拓けるか」は、『都市問題』12月号で”統一地方選挙は変わるか”の特集で私自身が投稿させてもらった原稿での表題です。改めて読みなおしました。当時の問題意識が鮮明に提出されています。

 問題は、私自身の県議会議員選挙において、また全国の選挙でどのように実践され新たな教訓が生まれているか、です。敗れた選挙をこの論文の視点で見なおしてみると、どうなるのか、この1ヶ月の視点とはまた違ったものが見えてきます。

 論文の最後のまとめは以下のようになっています。
 「キャンペーン2007は、「議員特権」という新自由主義的要素をも含み得る「危うさ」を自覚しながら、みどり・共生・平和の自治体政策50のマニュフェストを掲げることで、無党派層の政治的エネルギーとの緊張関係を作り出そうとしている。それは、議会本来のチェック機能の復権である。今回のキャンペーンの展開は、そのあとに待ちうける参議院選挙の結果も含めて、環境政党的存在へと展開できるかどうかの試金石となる。2007統一地方選挙はその意味で正念場である」。

 東京地方区での「環境政党的存在」を睨んだ川田龍平選挙が始まろうとするこの時、私達はどのように次の一歩を踏み出せばいいのか。時としてへこたれそうになる自分を横目でみながら、自分の着地点を模索する日々です。

国民投票法案、強行採決される

2007年05月14日 | その他
 本日の参議院における国民投票法の強行採決に抗議して超党派の市民団体が青葉公園で抗議の座りこみを行っています。私も、ほんのわずかですが参加しました。憲法、そして9条改正ありきの国会審議でした。

 法律自体は3年後に施行ですので、直接的に改正に向けた国民投票が行われるわけではありません。しかし、安倍首相が任期中の改憲を掲げていることから、参議院選挙の争点として打出されようとしています。

 憲法9条の価値があらためて問われます。

NHKスペシャル「夕張破たんで住民は」を観る

2007年05月13日 | その他
 財政再建団体となった夕張市の現状を「市民生活」の目からリポートしたドキュメンタリー番組でした。若菜連合町内会の除雪対策、市立病院の透析患者の移転、観光産業の失業者の3つのそれぞれの立場からの問題提起。

 私は、選挙期間中にこの夕張市の財政破たんの直接の関係者が誰も責任を取っていないとして、静岡空港に引き寄せて「事業評価に伴う事業推進者の責任明確化条例」について、主張してきました。

 国の「全国で一番住民負担が重く、一番住民サービスが低い」という支援基準によって何が起きたのか、生活レベルでよくわかりました。市長や議会や監査委員はどこにも登場しない故に、逆に切実さが伝わってきました。

 この夕張市問題、財政力全国3番目の静岡県、政令市トップクラスの静岡市が、何を「他山の石」とすべきであるのか、選挙総括含め丁寧な議論をやってみたいと思いました。

28年ぶりに職場復帰した池田さんに感動

2007年05月12日 | その他
  若い人たちの多くが、労働組合って何ですか?というこの時代。解雇処分が「重大且つ明白な違法行為」として最高裁判決が下され、28年ぶりに職場に戻った郵政公社の池田実さんの話しを聞きました。

 5月1日の中部地区メーデーに参加した際に郵政公社をリタイアされているMさんが、遠くから走るようにして近づいて来て「今回は大変でした」と強く私の手を握り締めてくれました。人間、落ち目の時だけに、とても感激しました。

 そして彼から本日の集会案内のメッセージ。28年間も闘い続けて来て、というより敗れ続けて来たあとのあっと驚くような勝利。今年の10月から郵政公社の民営化が始まるこの時期ゆえ、どうしても池田さんの話しは聞かねばと集会に参加しました。

 28年前、解雇された時、26歳だった池田さん。54歳になって戻る職場、どんな気持ちだったんだろうか。「地に足がつかなかった、しかし浮かれてばかりいるわけにはいかない、16万人の非正規雇用者は10月で一旦全員解雇、そして再契約、自分たちの経験を生かせる職場にしたい」と。