夜な夜なシネマ

映画と本と音楽と、猫が好き。駄作にも愛を。

弟のこと。その5。

2022年12月24日 | まるっきり非映画
が亡くなって半年以上が経過し、まもなく今年が終わろうとしています。

母が「大丈夫になるもんやね」と言うので、「体が?心が?」と聞いたら「どちらも」との答え。
「そやね、寂しいけど、だんだん大丈夫になるもんやね」と私。
悲しみが消えることはないけれど、毎日泣きながらあれやこれやと片付けていたときを振り返れば、
弟よごめん、こんなに大丈夫になってしもて、と思うほど。
 
それでもいまだに見たり聞いたりするとアカン、泣きのツボがあります。
弟との連絡手段が必要になって、私は生まれて初めて持ったスマホ
できるだけ明るい着信音にしようと選んだ“ロボスピーカー”と、
弟からChatworkでメッセージが届いたときの通知音にしていた“Sticky”は、巷で耳にしても泣きそうになります。
今はあらゆる音を一新して、着信音は吉本新喜劇のテーマ曲です。
あれは新喜劇のために作られた曲ではなくて、正式名称“Somebody Stole My Gal”だとご存じでしたか。
 
弟が好きだったと知ったせいで顔や名前を見ると嬉しくも切なくもなるのが、
朝倉未来、篠田麻里子吉高由里子などなど。
“Breaking Down”は少し待てば無料配信されるところ、有料視聴しています。
ほかには闘病中の弟が気に入って飲んでいたQoo、コカコーラや三ツ矢サイダーのチビサイズ、
コーヒー牛乳を見かけるとついつい立ち止まってしまいます。
 
今年はいろんなことがありました。弟が亡くなったからこんなにもあれこれあったと思うのか。
 
弟の死後ほぼひと月後に安倍晋三氏が撃たれ、旧統一教会問題が大きく取り上げられるように。
佐々木朗希が完全試合を達成した4月は弟はまだ元気で、「凄いことになってるよ!」と連絡をくれました。
 
同じく4月。6月におこなわれる羽生結弦のフィギュアスケートショーに友人から誘われて迷っていたとき、
弟は「僕がどうなっているかに関わらず行ってきたらええ」と言ってくれました。
弟が亡くなって2週間後、観に行きました。
 
弟が楽しみにしていた大谷翔平は今シーズン投打ダブル規定到達。
それでもMVPを取れなかったことは弟も残念がっているかも。
 
11月には442年ぶりに皆既月食と天王星食が同時に起こる。
私は適当にしか見なかったけど、弟は空の上からちゃんと見ていたのかな。

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弟の部屋を退去しました。

2022年09月02日 | まるっきり非映画
8月いっぱいでが住んでいた部屋を解約、退去しました。
亡くなってから明日でちょうど3カ月経ちます。
 
闘病中だった弟が入院の合間に戻ってきたときは、ひとりきりになることが心配で、
弟本人も私も「病院にいるほうが安心やのになぁ。もう少し入院させといてくれへんかなぁ」と話したりしたのですが、
いざ自分の部屋に帰るとめちゃめちゃ落ち着いたそうです。
何もかもが自分仕様で、すげぇホッとしたと言っていました。
 
オンラインクレーンゲームでつり上げた大量のフィギュアは売りに出すつもりでしたが、
大型ゴミの搬出を手伝ってくれた友だち親子の息子のほうがフィギュア大好きと判明。
じゃあ好きにしてくれたらええよと全部持ち帰ってもらいました。
 
新品のジーパンや衣類や靴は、サイズがぴったりだという友人知人のもとへ。
サイズが合わなかったものは障害者労働センターのバザー用品になるというので持ち込み。
中古品も美品に関してはクリーニングに出してそれぞれ誰かのもとへ。
電球なども希望者がいて、聞いてみれば何でも片付くもんだなぁ。
 
男のひとり暮らしですからね、ここには書けないようなものももちろんありましたが(笑)、
すべてそれなりのところへ届けて活用してもらえそうです。
 
弟が大好きだった部屋だから、退去は寂しい。
でもいつまでも借りているわけにもいかないから。
弟が見ていた景色を撮ってお別れしました。
 
無性に悲しくなる帰り道。
それでも映画を観に行ったけど。(^^;

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亡き弟のあれこれ事務手続きを進めていて思うこと。

2022年08月21日 | まるっきり非映画
『トップガン マーヴェリック』ばかり観ているものだから、映画のネタがないんです。
でも何か書かないと、が亡くなった月を除いて毎日更新しているブログが途切れてしまう。
で、ずっと納得できずにいるこんなネタについて、私のぼやきを聞いてください。
 
弟のクレジットカードの解約や会員サイトの退会手続きを進めていて思うこと。
どこもフリーダイヤルはなかなか繋がらないけれど、繋がれば自動応答でいとも簡単に解約できたり、
オペレーターの人が丁寧にお悔やみを言ってくれて泣きそうになったり、いろいろです。
丁寧な対応ではあったけど届いた解約書類を見てみれば、返信用封筒は入っているのに切手代はこちら持ちとか(笑)。
それはまぁいいとして、昔から変だと思っていることがあります。
返信書類や封筒にあらかじめ「御中」と印刷されているやつ。
 
30年くらい前だったか、そういう封筒を職場で初めて目にしたとき、驚いて「変なの」と言ったら、
親しかったけどよく言い争いもした先輩が「変とちゃうやろ。相手のことを考えている親切な会社やん」と言う。
「どうしてですか。自分宛の返信にあらかじめ『様』を付けてきているということでしょ。失礼でしょ」と言ったら、
「いや、『行』とか『宛』を付けて送ったら、相手がそれを『様』に書き換えなあかん。
その手間をかけるほうが失礼やろ」って。
「いやいやいや、相手がもしも『行』を『様』に書き換えずに送り返してきたら、誰に対して失礼なんですか。
こっちに対して失礼なだけでしょ」と言い返しました。
先輩に「アホちゃうか」とまでは言わなかったと思いますが、言ったかもしれません、私。
 
クレジット会社、ケーブルテレビ会社、挙句は家庭裁判所まで、みんなあらかじめ「御中」付き。
送付してきた会社と返送先が違うわけじゃありません。ビッタシ一緒。
どういうことやねんと思ってSNSにちらりと書いたら、ある先輩がマジレスしますと言って教えてくれました。
 
「この書類ですと、こちらで『行』を『御中』に直したとします。
そうすると、書類上部に捨印を押して、『1字削除、2字加入』と書かないと法的には無効文書になってしまいます。
捨印を押してくれる顧客はほぼいないと思われますので、それを避けるために、
予め『御中』が印刷されているんだと思います。」
 
なーるーほーどー。
これで「あらかじめ御中」の謎は解けましたが、それにしたって、やっぱりおかしくないですか、
最初から自分に様を付けて寄越すって。
ならばいっそのこと、宛も行も御中も何もなしで印刷せずに送ってくればいい。
 
そのうち、「あらかじめ御中」にしていない会社は非常識ということになるのでしょうか。
いや、すでにそんなふうに認識されているのかも。おかしいぜ。

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弟亡き後。

2022年06月23日 | まるっきり非映画
が亡くなってから明日で3週間になります。
 
9年前、大学生だったお嬢さんを突然亡くした先輩が、
弟が亡くなった当日の晩に連絡をくれました。
「悲しみは決して消えないけれど、時間と共に小さくはなるよ」。
いつか大丈夫になる。
 
弟が死んじゃってから数日間は、何を見ても何をしても悲しくて、
でもやらなきゃいけないことが多すぎて、
涙と鼻水を垂らしながらあれやこれやと片付けていました。
3週間経とうという今、不思議なもので泣く頻度はどんどん減り、
こんなに早く立ち直っていいのか私、ごめんよ弟と思っています。
 
安心したわけではないのです。
だけど、いつ弟の容態が急変するか気が気でなくて頭がどうにかなりそうだった頃と違い、
今はもう弟はいないのだから、電話が鳴るかもなんて思わずに映画にも行ける。
しかし独り言を言う頻度は実に高くなり、気がつけば弟に話しかけている状態です。
 
弟の部屋と実家にはほぼ毎日寄っています。弟の部屋は実家の3軒隣。
こんなにも頻繁に両親の顔を見に行くことは今までありませんでした。
私の晩ごはんを喜んで用意する母。「飯だぞ」と言って呼びに来てくれる父は、
弟の部屋から出たゴミを私がビニール袋に詰めると、
台車をがらがら引きながら、マンションのゴミ置き場に運ぶのも担当。
 
1週間ほど前、実家の扉を開けたらえらく散らかっていたことがありました。
「どないしたん!? 物盗りにでもあったような乱れ様」と驚いたら、
息子がいなくても自分でなんでもできるところを見せたい父が勢い余って転んだらしい。
その父はどうしているのかいうと、和室で仰向けになってじっとしている。
父は筋力がなさすぎて、転ぶと自分で起き上がれない。母も父を抱き起こせない。
仕方がないから、転んだ後そのままズリズリと背中で張って和室へ行き、
抱き起こしてくれるであろう私が来るのを待っていたそうです。
 
その様子を話す母が涙を流しているので、「お母さん、笑ってるん?泣いてるん?」と尋ねたら、
「笑ってるの。お父さんの姿があまりに可笑しかったから」。笑ってくれてよかった。
 
父は一時「もう何もかもどうでもいい」と投げやりな態度を見せていましたが、今は数独に没頭。
そうそう、弟の葬儀の日、ネクタイを結ぶのに苦労していた父でした。
後日、弟の部屋で見つけたワンタッチ式の弔事用ネクタイを父に渡したら、「こりゃいいな」。
それを見た母がボソッと「いつ使うつもりかいな」。
母と私はこっそり「ほんまやな。自分のお葬式のときしかもう着けるときないがな」と笑いました。
 
そんなこんなで、遺された両親共に今年92歳もなんとか正気、元気です。

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弟のこと。その4。

2022年06月09日 | まるっきり非映画
弟が大きくひとつ息を吐く前、もういつ息がなくなっても不思議ではない頃、
私のダンナがタイから日本に向かう途中でした。
今までならコロナで容易には帰国できないところ、
ちょうど6月1日から規制緩和されたおかげで、ダンナは弟にお別れを言えそうだと搭乗。
 
弟はダンナが駆けつけるのを待っているのかなと思いました。
 
30年ぐらい前、あるTV番組で「王将で全品食べるといくらになるか」を検証していて、8千円と言っていた。
そんなに安いってホンマか!?と、ダンナと私と弟で王将にチャレンジしに行ったことがあります。
3人で3千円分頼んだだけなのに、もう動けんというぐらいの量で、
ゲンナリしつつ、王将はやっぱり安いと納得。
 
私が作った激辛カレーをダンナは滝のような汗を流しながら、
弟は「めっちゃ辛いやん」と言いながら鉢巻して食べていたこととか。
だから辛いでって言うたやん!
 
私が車の免許を取ったとき、ダンナと弟が同乗して震え上がっていたこととか、
私は翌日の仕事に備えて早く寝たいのに、まだ学生のダンナと弟が延々しゃべってダンナが帰らない。
「もうええ加減帰って!私ははよ寝たい」とイライラしたのも懐かしい。
 
結局ダンナの帰国寸前に弟は息を引き取ってしまったけれど、
弟にお別れを言ったらタイへとんぼ返りしてお葬式に再帰国するつもりだったダンナだから、
きっと弟が「そないに何遍も帰ってきてくれんでええよ」と言ってくれたのだと思います。
 
亡くなる前日の6月2日、弟がスマホを取ってほしいと言いました。
まずロックを解除するパターンを教えてくれて、
その後、指紋認証に私の指紋を追加登録すると言いました。
しかし弟の指はすでに上手く動かず、自分の指紋認証を解除してくれていいとのこと。
どんだけ私に全部さらすつもりやねんと思う。
 
お通夜にはたくさんの人が参列してくださいました。
高校時代にラグビー部で一緒だった人たちは、前回の私のブログを読んでくださっていて、
「一緒にチョコパ食べた者です」とか声をかけてくれたりして。
夜中に同窓会の写真を持ってかけつけてくれた同級生もいました。
泣きじゃくりながら缶ビールとおつまみが入ったコンビニ袋を差し出してくれた会社の女性も。嬉しい。
「お姉さん、阪神ファンですよね」って、すごい浸透率です、私の虎バカ。
  
今は何を見ても弟のことが思い出されて泣いてしまいます。
この7カ月の間に弟と何度も車で往復した道を走れば涙が出る。
スーパーに行けば、病状が進んだ弟が食べたがったもの、飲みたがったものを目にして涙が出る。
駐車場の解約に行ったときは、本人ではない事由に「本人死亡のため」と書いていて嗚咽してしまう。
はたから見るとかなり怪しい。大丈夫かこいつと思われていそうです。(^^;
 
弟と過ごしてくださった方々、ひとりひとりに感謝したい。
今までどうもありがとうございました。
 
生まれ変わっても、この弟と姉弟で居たいです。

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