幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第四十九回
幽霊の身には、待つことも決して苦ではない。そこが人間界と霊界の違うところである。霊界には時の経過という概念がないからだ。幽霊平林が、かれこれ小一時間もプカリプカリと漂っていると、辺りは白々と明け、東の山際の一角に朝陽が射した。実は、この時、寝室の上山は、もう起きていた。どういう訳か早く目覚めてしまったからだが、ベッドの置時計の針は五時半を指していて、いつもよりか一時間ばかり早かった。また眠るには短い一時間である。上山は、眠くはないものの、そのままベッドに瞼(まぶた)を閉じた状態で横たわっていた。窓から朝陽が射し込み、部屋中を次第に暗闇から解き放っていく。僅(わず)かながらも瞼の暗さが薄らいで、それが感じ取れた。幽霊平林は、その中へ透過しようとしていた。上山はそのことを当然、知らない。時間的なことだけでなく、こちらから呼び出してはいないのだから、幽霊平林から一方的に現れている、とは思っていないからだ。
『課長!!』
「な、なんだ! 君か…」
スゥ~っと幽霊平林が寝室へ透過したとき、上山は瞼を閉じていたが、もうベッドを出ようとはしていた。だから、急な声には驚かされた格好だ。過去に一、二度は、ある。
「すみません、驚かしてしまいました…」
『だよな…。君の方から現れるとは…』
『思っておられなかった、ですよね?』
「ああ…」
上山は単に、そう答える以外になかった。それは仕方がない。もちろん、怒ってなどはいない上山だった。
『もう少し遅くても、よかったんですが…』
「だな。こんな早いのには、何かいい候補でも考えついたのかな? こちらは一応、佃(つくだ)教授にお会いしておいたが…」