幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第五十五回
「…すみません。すぐ消えます!」
それだけ云うと、幽霊平林はスゥ~っと、いつもの格好よさで消え失せた。もちろん、最初から食堂へ長居する気などない幽霊平林で、現れたことだけを伝えたかったのだ。まあ、そんなことも考えながら一端は消えた幽霊平林だったが、当然のことながら、ふたたび屋上へと現れた。とはいえ、すぐに上山がやってくる訳もないから、毎度のことのようにフワリフワリと漂いながら待った。便利なもので、幽霊には時の流れがないから、人間界のように待つことで苛(いら)立つという感情の昂(たかぶ)りが生じない利点はあった。幽霊平林もご多分に漏れずただ漂うだけで、苦になったり、苛立つようなことはなかった。 上山がエレベーターで昇ってきたのは、三十分ほど経ってからである。
「待たせたな…」
上山も幽霊平林がすでに現れていることは予見していたから、至極ありきたりに開口一番、そう云った。幽霊平林には、待たされているという人間の苛立ちといった感情がないから、腹は立っていなかったが、ふと、生前の感覚を想い出し、『いえ、それほどは…』と、表面上は云った。
「で、アイデアか何か浮かんだの? 私の方は、岬君と話したとかで、さっぱりだよ…」
『岬ですか? 朝、出勤する姿、見ましたよ、僕も』
「そういや、君の後輩だったなあ。彼も子供が出来たからなあ…。随分と親父らしくなってきた」
『そうですか…。僕は、あいつと話が出来ませんから…』
「そりゃ、そうだ…。で、話の方は?」
『ああ、そうでした。世界語のメンバーは個々じゃなく、グローバルに念じれば、いいんじゃないかと思いましてね。武器輸出禁止条約もそうでしたし…』
「グローバルにな。それもアリかもな。なにせ、荘厳な如意の筆がバックボーンに、どっしり控えているから、可能かも知れん」