幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第七十八回
上山が滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授へ一件の経緯説明に回り始めたのは、その週の土曜からであった。社長の田丸には前日の金曜、退社を少し遅らせて済ませた。
「ははは…。私も上山君のことは聞かなかったことにしよう。元々、彼は事故で随分、前に死んだんだからな」
「そうですよね。社長に訊(たず)ねられなかったら、云ってない話ですし…」
「そうそう。だいいち、この話は、他人の前じゃ話せんしなあ。君ばかりか、私まで変人扱いされちまうよ。取締役会で、すぐ解任動議だ、ははは…」
田丸は豪快に笑い飛ばした。上山は軽く退室の挨拶をすると、社長室を出た。田丸が案に相違して妙な疑問を抱かなかったのは幸いだな…と、上山は思った。次に上山が向かったのは、滑川教授が籠る滑川研究所である。一応、大学の研究施設として建てられたようだが、研究の特異さのせいか、大学側も余り重きを置いていない感は否(いな)めなかった。それは、所々に見られる施設の老朽化のための破損箇所の放置によって窺(うかが)い知ることが出来た。上手くしたもので、誰も寄りつかないのが上山にとっては好都合だった。しかも、教授は余程のことがないと研究所を空けるということはなく、来訪のコンタクトを取る要が省(はぶ)けた。この日も上山は連絡を入れず直接、研究所へ足を運んだ。研究室のドアを開けると、教授はやはり塵(ちり)と埃(ほこり)に囲まれ、無防備に存在した。
「なんだ! 上山君じゃないか、久しぶりだのう。どうした?」
「いやあ~、どうってことじゃないんですが…」
「んっ? 難しいことは私には分からんぞ、わははは…」
「いえ、そうじゃないんです。報告、報告ですよ」
「報告? 報告って何だ?」
「まあまあ、そう急(せ)かさないで下さいよ。今、云いますから…」
「いや、すまん! そんなつもりじゃないんだがのう」