幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第七十七回
「左様でございましたか。では、さっそく、上司にそのことを伝えることに致しましょう。いえなに…訊(き)いておいてくれと云われましたもので…」
『そうであったか…。他には、もうないな?』
『はは~っ!』
上山が平服の姿勢へ体勢を90度、前回転させたとき、すでに霊界番人の光の輪は上方へ昇り去ったあとだった。
ふたたび幽霊平林は人間界へ移動した。上山に煙たがられても、霊界番人に訊いたことだけは伝えねば…と思えたからだった。移動すると、上山はまだ寝室へは行かず、応接室のソファーで静かにワイングラスを傾けていた。
『課長! 訊いてきましたよ!』
「おお、君か! やはり現れたな。姿は見えんが、まだ声は聞こえる。しかし、姿が見えなくなると、なんかこう…、少し寂しいよ。もう一度、君を見ておきたかったって、いうか…」
『いやあ~、これだけは僕にも、どうこう出来ませんから、残念です。でも元々、死んだときから見えないのがフツ~なんですから…』
幽霊平林は少し寂しげな声で、そう云った。
「ああ…そりゃ、そうだ。で、なんて?」
『ああ、そうでした。やはり、課長の記憶は完璧に消えるようです』
「そうか…。なら、社長や滑川(なめかわ)、佃(つくだ)の両教授には、そのことを云っておかないとな、今のうちに」
『ええ、それがいいと思います。課長の記憶が遠退くのは、まだ、すぐじゃないようですから…』
「ああ…。恐らく、君が現われなくなって以降だろうな」
『はい、僕もそう思います』
声だけの電話のような会話は、夜の帳(とばり)の中で静かに続いた。