幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第七十五回
自分の身が変化しようとしている。このことを一刻も早く課長に伝えないと…と、幽霊平林は、ただちに人間界へと移動した。もちろん現れたのは、上山の家である。上山は軽く夕食を済まし、風呂に入ろうと浴槽に湯を張っていた。湯が適度に入ったのを確かめ、上山は脱衣を始めた。幽霊平林がそこへスゥ~っと現れたのは丁度、そのときである。だが上山には幽霊平林の姿はすでに見えなくなっているから、まったく眼中には入らない。ただ、如意の筆が目安とは、なった。
『課長! 僕です』
「んっ?!」
そろそろ現れるだろうとは思っていた上山だが、姿が見えず声だけ急にすれば、さすがに驚かされる。
『済みません。また驚かせてしまいました。一刻も早く訊(き)いてきたことをお伝えしようと思いまして…』
「…ああ、そうか」
上山は脱衣をやめ、声がする方向を見遣った。
『どうも僕の姿が課長に見えなくなっのは、僕が御霊(みたま)になりかけている過程だから、だそうです』
「えっ?! それって、もう君が二段階、昇ってるってことか?」
『はい…。そのうち課長も…』
「おいおい、脅(おど)かすなよ。私は人間なんだから、君と違って少し怖いんだけどさ…」
上山は、そう云うと一端、キッチンの方へ戻り始めた。
『冗談ですよ、冗談。課長は、からっきしなんですから…。それに、課長の方は別に、どういう…あっ! 課長の記憶が、どうなるのか訊(き)くのを忘れました!』
「なにっ! 君という奴は…。それを訊いといてくれと頼んだんだろうが…、もう!」
『すみません。もう一度、戻ります!』
「もういい! どちらにせよ、私の身が、どうなるってことでもないんだし…」
『だって、僕の記憶ですよ?』
「いいさ、忘れたら忘れたで…。私が正常なら、初めから君の姿が見える訳ないんだしさ」