幽霊パッション 第三章 水本爽涼
第六十五回
というのも、通常は上山が左手首をグルリと回さない限りは現れない、というのが二人の間の約束事になっていたからである。むろん、特別な場合や緊急性がある場合は、幽霊平林の方から現れることもOKだったが、最近は、その傾向が高まり、‘左手首をグルリ’のルールが弱まっていたのだった。そんなことで、いくらか躊躇(ちゅうちょ)した幽霊平林だったが、思い直して人間界へ移動した。報告をを優先したのである。上山が休日で、のんびりしていることは先ほど現れているから分かっている。もちろん、出かけて家にいない可能性も考えらたが、僅(わず)か小一時間しか経っていない筈(はず)だから、まず、それはない…と思え、幽霊平林は家へ現れたのだ。その判断は瞬時の閃(ひらめ)きでヤマ勘のようなものだったが、完璧に当たっていて、上山は、まだキッチンで新聞を読んでいた。
『課長! 分かりましたよ!』
「おお、君か…」
上山は新聞をテーブルへと置き、プカリプカリと宙に浮かんでいる幽霊平林を徐(おもむろ)に見上げた。
『どうも、僕のとり越し苦労だったようです。一過性のもので、間もなく元へ戻るようです』
「だろが…、私の思っていたとおりだ。案ずるより何とやら、だな。まあ、よかった、よかった」
上山は幽霊平林の眼の変調が、すぐ戻ることが分かり、いくらか安堵した。
『はい、それはいいんですが、効果はどうでした?』
「ああ、そうだった。君の異変で、すっかりそのことを話せなかったな。これだよ、これ!」
上山はテーブルの新聞を広げて幽霊平林へ示した。
『成功…いや、それはまだ分かりませんが、世界は地球語を考え始めたようですね』
「ああ…」
『またひとつ、正義の味方になれましたね?』
その時、霊界番人の声が幽霊平林の耳に届いた。霊界とは違い、声のみの響きである。むろん、上山には聞こえない。