水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第五十二回)

2012年03月01日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                 
    第五十一回
 上山は会社へ行き、幽霊平林は遠目に上山を見ながら、地上数メートルの辺りをプカリプカリと漂いはしたが、通勤途上をいつものように付いて離れず、ということはなかった。上山が社屋の中へ姿を消すと、スゥ~っと幽霊平林は反転し、久しぶりに人間界をアチラコチラと漂った。場所は当然、無作為である。田丸工業の敷地外へ出て、やや広めの舗道の上を漂っていた幽霊平林は偶然、上山の部下で元後輩の岬の姿を認めた。
『岬か…。奴も亜沙美さんと結婚して子供も生まれたし、今、幸福の絶頂だなあ。生きてりゃ、恋の鞘(さや)当てで、ややこしいことになっていたかも分からないからなあ…。修羅場の三角関係は嫌だし、まあ、その意味じゃ、死んでよかったか…』
 とりとめもなく雑念が幽霊平林の脳裡を駆け巡っていた。
「おやっ? 風もないのに、なんか今、冷んやりしたぞ?」
 岬が、ふと呟(つぶや)いた。うっかり、幽霊平林が上から下降して、近づき過ぎたせいである。
『おっと!』
 スゥ~っと下降した幽霊平林は、自分の操作ミスに気づき、慌(あわ)てて上昇した。操作といっても、自分の身体は機械ではなく、正真正銘の幽霊なのだから、幽霊平林の単なる判断ミスといった方が正しいのかも知れない。岬も、ほんの一瞬、感じた冷気だったから、そう気にするでもなく、会社への歩みを止めることはなかった。この時、幽霊平林は、もうかなり離れたところを漂いながら、世界語のメンバーをどうしたものか…と考えていた。
 そんな幽霊平林とは真逆に、上山は社内の課長席で欠伸(あくび)をしていた。まだ社員は誰一人として出勤していない。そこへ、岬が入ってきた。
「なんだ、岬君じゃないか、早いな!」
 笑顔で上山が云った。
「課長こそ早いですね!」


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