いつも、なりゆき次第でコトを運ぶ小豚(おぶた)という男がいた。要は、状況に応じて次の行動を決める・・というものだ。小豚は、ああして、こうして…と、先々を考えるのが大嫌いで、その結果、なりゆき次第でコトを決するようになった・・ともいえた。その小豚が、コトもあろうに、某囲碁大会の欠員補充で出場することになったから大変だ。大会開催のスタッフは、ホッ! と安息の息を吐(は)いたが、小豚としては、偉いことになったぞ…の心境である。
「ほう! なかなかの腕前ですな…」
正式戦前の自由対局で、馴れようと見ず知らずの老人と対局していた小豚は、老人からそう言われた。
「えっ? そうですか? 適当に打ち回したんですが…」
「いやいや、これはっ! …参りました」
小豚は、なりゆき次第で打ったのだが、あれよあれよ・・という間に勝ってしまっていた。
「そ、そうですか…」
小豚は、まさか勝つとは…と思え、自分自身が、そら怖(おそ)ろしくなった。そして、いよいよ本戦が始まった。本戦はクラス別に分けられた勝ち上がりのト-ナメント方式で行われ、最初の対戦相手だけが、くじ引きで決められた。小豚は代理だったが、欠席者が有段者だったため、一番強いクラスに割り振られていた。
「お手柔らかに…」
「いえ、こちらこそ…」
一応、強そうに相手へ返答した小豚だったが、内心ではすぐ負けてすぐ帰ろう…と思っていた。ところが、どっこい! である。
「あ、ありません…」
相手は、いとも勝手に負けたのである。小豚は、そんな馬鹿な…と盤面をもう一度、見た。確かに小豚は相手に勝っていた。二回戦以降も、どういう訳か、小豚は小豚だけにトントン! と勝ち進んでいった。気づけば、いつの間にか決勝戦に進んでいた。
「え~~、ただいまから有段者の部、決勝戦を行わせていただきます。対戦者は小豚五段と下川六段であります。皆さん、盛大な拍手でお迎え下さい」
場内は割れんばかりの拍手で包まれ、スポットライトに照らされた小豚と下川が登場した。ズブの素人(しろうと)の小豚は知らないうちに五段と呼ばれていた。欠席者が五段だったこともある。相手は自由対局で指した老人だった。老人は、すでに負けたような顔をしていた。片や対戦する小豚も負けた気がしていた。
対戦が静々(しずしず)と始まり、別室ではゲストのプロ棋士による大盤解説が行われていた。
「す、すごいですよっ! この手は…。私には、とても思いつきません! ほ、本当にアマチュアの方ですか?」
「はい、もちろん…」
司会者も驚きの声で言った。
プロ棋士が感嘆の声を漏らした。僅か100手ほどで下川六段は投了した。
その後、開かれた表彰式の一場面である。
「いや、とても勝てるとは思っておりませんでしたから、当然の結果です」
「そうですか、自由対局で…。小豚さんは?」
「いや、私のような者がとても勝てるとは思っておりませんでしたから、驚いております」
「えっ?」
「いや、私…なりゆき次第で打っただけですから…」
「まさかっ!」
場内は笑声一色となった。
その後、小豚は、なりゆき次第でプロ棋士となった。現在では、有力プロ棋士の一人として活躍中である。
完