困ったことに、崖崩(がけくず)れによる復旧が遅(おく)れている・・と、カーラジオが唸(うな)っている。春の行楽シーズン真っ盛りの今、家族づれの車旅を決め込んだまではよかったが、高速に入った途端、渡橋は大渋滞に巻き込まれていた。さあ、どうしたものか…と考え倦(あぐ)ねても、止まった車列が動くはずもなかった。
「パパ! おしっこ!」
「…もう少し我慢しなさいっ!」
子供にそうは言ってみたものの、もう少し先になればトイレが現れる訳もなく、渡橋は緊急対応を余儀(よぎ)なくされた。幸いにも渡橋の足元には飲みかけのペットボトルが横たわっていた。万一の場合の対応は、これでOKだっ…と渡橋は、よかった…と目を閉ざした。そのとき、ふと、渡橋の脳裏に家を出る前の映像が広がった。鍵をかけ忘れたぞっ! と気づき、ハッ! と慌(あわ)てて目を開けると、渡橋はベッドの上にいた。辺(あた)りは夜が明けようかという早暁(そうぎょう)で、まだ薄暗かった。夢だったか…と、渡橋は、現実でも、よかった…と思えた。この日、渡橋は家族四人で車旅をする予定だった。夢と同じように時が過ぎていき、いよいよ家を出る時間となった。渡橋は妻に鍵をかけたか? と念を押した。
「おかしな人ね…かけるに決まってるじゃないっ」
渡橋は嫌味(いやみ)を一つ言われた。それでも腹は立たなかった。いや、立つどころか、どういう訳か、安心できた。その後、渡橋の車は高速には入らず、混んでいない下の地方道を走り、駐車場に止まった。途中から列車旅に切り替えたのだ。そして、なにごともなく家族と三日間の楽しい旅を終えた渡橋は、家に戻(もど)り、よかった…と、またまた安堵した。
完