水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-4- 刈り込み暮色(ぼしょく)

2017年04月14日 00時00分00秒 | #小説

 宇多は日曜の朝、息子の輝矢(てるや)の頭を刈ってやろう…と、バリカンを取り出した。少年野球チームの4番打者で活躍する輝矢は、日々の練習で、泥んこになって家へ帰ってくる日が続いていた。泥んこは洗濯をすれば事は足りるが、日々の練習による汗臭さは宇多家の大きな問題になっていた。
「よしっ! 俺が刈ってやる。母さん、鋏(ハサミ)とバリカン、確かあったな?」
「ええ…あるには、あるけど」
 宇多の家に昔からあるバリカンは年代もので、宇多自身が少年の頃、よく母親に刈ってもらった一品だった。宇多にとっては刈られてばかりで、刈ったことがなかったから、懐かしさも手伝ってか、一度、刈ってみたい…とは、かねがね思っていたのだ。そこへ、格好の獲物が通りかかった・・という寸法だ。この機会を逃しては獲物をモノにすることは不可能だろう。…荒野の腹を空(す)かせたライオンではないから、そんなことはないが、宇多にとっては、まあ、そんな気分だった。輝矢は最初、嫌(いや)がったが、ある目的があったから五分刈りぐらいなら・・という条件で契約を更新、いや、OKした。そして、日曜の朝となったのである。朝から雨が降っていて、練習中止の輝矢は家にいた。
 そして、コトは始まった。失敗は出来ない…と、鋏を手にした宇多はゆっくりと刈り始めた。毛長の部分は首尾よく刈り進めた宇多だったが、バリカンで裾刈(すそが)りをして手鏡に映る輝矢の頭を見ると、困ったことに、少し裾の右の方が刈り過ぎたように思えた。そこで、宇多は左をもう少し刈ろう…とバリカンを、ふたたび手にした。そのとき昼の時報が鳴った。宇多は、まあ昼からでもいいか…と輝矢の都合も訊(き)かず、勝手に算段した。
「おいっ! 昼にするぞっ…」
「んっ? んっ…」
 輝矢は、でくのぼうのように従った。今月は言うことを聞いておかないと小遣いのべースアップが危ぶまれる危険性があったのだ。刈り込みに従ったのも、そのせいである。いつもなら、アッカンベェ~~! と家を飛び出して練習か、友達の家へ飛び出している輝矢だった。
 昼食を家族三人で食べ、妻の美佳が買い物に出たのと同時に、また頭の裾刈り合わせは再開された。宇多は裾の左をバリカンで少し短くした。ところが、である。困ったことに、今度は右より少し刈り込み過ぎた。しまった! と思ったが、もう遅い。輝矢は相変わらず、でくのぼうで、宇多に任せっきりになって椅子へ座っていて気づいてはいない。
「父さん、どうかしたの?」
 宇多の手が止まったのを感じ、輝矢が小声で訊(たず)ねた。
「いや、なにもない…」
 真実は大問題が発生していたのだが、宇多は暈(ぼか)して誤魔化した。だがその実、さて、弱ったぞ…である。これ以上、裾を刈り上げては見られたものではない。
「輝矢…丸刈りはダメか?」
「ええっ! …いいけどさぁ~」
 夕暮れになったとき、輝矢の刈り込みは丸坊主で終わっていた。

                            完


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