水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

困ったユーモア短編集-15- 起業

2017年04月25日 00時00分00秒 | #小説

 金に不自由し、困っていた粂川(くめかわ)は、起業しよう…と一念発起(いちねんほっき)した。だが、粂川の手元に起業する金があろうはずもなく、さて、どうしたものか…と風に戦(そよ)ぐ鯉幟(こいのぼり)を見ながら粽(ちまき)を齧(かじ)り、思いに耽(ふけ)った。そのとき、ふと、粂川の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
 数日後、粂川の姿は都会の人通りが激しい街頭にあった。粂川は街路の片隅に茣蓙(ござ)を敷き、その上に胡坐(あぐら)を掻(か)いて座っていた。両手は合掌(がっしょう)し、瞑想(めいそう)するかのような姿である。身に纏(まと)っているものといえば、どの宗教でも身に着(つ)けないような奇抜な衣装だった。粂川の前には段ボールを黒茶色にペンキで塗ったあと、赤ペンキで[浄財箱]と書かれた大箱が、浄財を中へっ! と言わんばかりにズシリ! と置かれ、その箱の横には救世(ぐぜ)宗・托鉢(たくはつ)・・と墨字で書かれた木製立てが置かれていた。街路を往来する人々の中には興味を持つ奇特(きとく)な人もいるものだ。日暮れまでには数十人の通行人が浄財箱の中へ硬貨やお札(さつ)を入れていった。中には粂川に両手を合わせて拝(おが)む者さえいた。腹は減ったが、これも起業のためだっ! と心に命じ、粂川は我慢した。
 夜、粂川が托鉢を終えて家へ戻(もど)り、浄財箱を開けてみると、そこには数千円の札と多くの硬貨が入っていた。一ヶ月ばかり、日々、座り続けた粂川の手には、いつの間にか数万円もの大金が握られていた。粂川は、よしっ! とひと声、呟(つぶや)いた。その翌日、粂川は浄財で得た金を懐(ふところ)に忍ばせ、とある石材店に座っていた。粂川が描いた救世をイメージした彫刻のデザイン画を石材店の店主が見ていた。
「分かりました…。ひと月ばかりのご猶予を頂(いただ)ければ…」
 半年後、手押し車で運ばれた彫刻像と茣蓙に座って瞑想する粂川の前には、黒山の人だかりが出来、浄財箱は入りきれないほどの浄財で溢(あふ)れていた。
「はい、はい! 押さないでっ!」
 アルバイトの学生数人が、人だかりを規制したり、お守りを渡したりしていた。浄財をした人には、漏れなくお守りの小石が貰(もら)える・・というシステムだ。粂川は救世宗を起業し、成功した。この世の人々は救われたいのである。

                             完


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