苦労して蓄(たくわ)えた末、ようやく大金持ちになった花坂は、どんどん使うことにしよう…と考えを180度変えた。というのは、先週、病院で受けた健康診断の結果、かなり症状が重い、なんたらかんたら[どうたらこうたら]・・という長い病名の病(やまい)に冒(おか)されていることが判明したからだった。医者が言うには、余命あと数年・・との診断結果を聞き、花坂は、もう、いいやっ! とブッ切れたのである。大金を残したって、持って黄泉(よみ)の国へ行く訳にはいかないし、だいいち、そんな国があるとも到底(とうてい)、信じられない花坂だった。百歩、譲(ゆず)って、そんな死の世界があるとして、その金でいいランクに生まれられる保証がないことは明明白白だった。で、使おう…と思った花坂だったが、ひと月もすると飽(あ)きてきた。高級ステーキも朝から毎日食べていると、そう美味(うま)くもなくなった。で、料亭で好きな鰻重(うなじゅう)を食べ始めたのだが、これも一週間ほどで飽きてきた。すると困ったことに、沢庵(たくあん)三切れほどが絶妙の味に思え出したのである。身に付けるものやあらゆる贅沢(ぜいたく)品にしても食べ物と同じで、たかだか程度が知れていた。どうも馴染(なじ)まず、落ち着けないのだった。高級車のなんと気を使うことか…。花坂は困った。で、ひと月後には元の生活サイクルへ戻(もど)したのだが、これがなんと快適なことか…と思える花坂だった。
そして、数年が瞬(またた)く間に過ぎ去っていった。
「先生、私、そろそろじゃないんですか?」
「なにがですか?」
「えっ!? なんとかいうややこしい病名で、あと余命が数年だとか…」
「誰がです?」
「私が…」
「ははは…ご冗談を! 花坂さんはあと数十年は大丈夫ですよっ! こうして、来診していただいていれば…」
「そんな…」
「ああ! そういや、そんな患者さんがいた・・というようなことはお話したかも知れませんね、ははは…」
花坂は、なにが、ははは…だっ! と怒れたが、自分の思い違いかも知れない…と思え、黙って頷(うなず)いた。その後、花坂は、また蓄える生活を
始め、相変わらず元気に生き続けているということである。
完