社内の一場面である。朝から底鍋物産の総合開発事業部では重要な書類の作成が急がれていた。多くの会社役員を招いての新開発商品のプレゼンテーションが午後1時から開かれるこの日、困ったことに電気系統の機器が、いっせいにストライキ状態となって停止したのである。
「多所(たどころ)君、なんとかならんのかね! えっ! 1時まで飯(めし)抜きでも、あと3時間もないんだよっ!」
開発部長の粋付(いきつけ)は、課長の多所に大声で叱咤(しった)した。
「はあ、そう言われましても、原因が分かりませんで…。電気系統ではないようです」
「! もうっ! 手書きでも何でもいいからさ、ともかく30部ほど、なんとかならんのかねっ!!」
「はっ! とにかく書かせますが、なにぶん筆不精(ふでぶしょう)者(もの)ばかりでして…」
「馬鹿! それは筆不精じゃないんだよ、君! 分からんのかねっ! 退化だよっ、退化! 手先のっ!」
「はあ…」
「こんなことを君に愚痴っても始まらん! ともかく急いでくれたまえっ!」
「はっ! 分かりましたっ! 早急にっ!」
多所は慌(あわ)てながら部長室から出ていった。
「便利さとはなんなのかねぇ~、困ったもんだよ…」
粋付は言葉とは裏腹に、楽しみにしているこの日限定の木の芽御膳が食べられなくなる不満を、上手(うま)く詭弁(きべん)を弄(ろう)して纏(まと)め上げた。要は、部長の粋付にとって重要なのは昼からのプレゼンではなく、木の芽御膳だったのである。粋付の頭も、すでに退化していた。
完