水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-35- 柵(しがらみ)崩(くず)し

2017年12月01日 00時00分00秒 | #小説

 世の中を生きていく上で柵(しがらみ)は避(さ)けて通れない。相手があって初めて世渡りができるのであり、身の周(まわ)りの小事は別として、おおよそ人は一人で物事を進めるのは不可能なのである。そこには必ず、相手や物が存在する訳だ。当然、その相手や物と自分との間に柵が発生する・・という構図となる。
「チェ! パンがなくなってら…」
 野球の部活から帰った高1の嘉彦(よしひこ)は、冷蔵庫を開け、掻き回すように探した挙句(あげく)、小さく呟(つぶや)いた。当然、物であるパンは食べれば冷蔵庫から消えることになる。無くなったからといって、キノコのようにまたニョキニョキと姿を現す訳がない。そこに、買わねば・・という柵が生じる。逆転して考えれば、買わねばならないからこそ、人は人と交わって柵を生じることになるのかも知れない。
「あんた、昨日(きのう)、部活から帰ってラーメン食べたあと、足りないってパンも食べたじゃないっ!!」
「そうそう! …であるな。まっ! 仕方ないっ…。今日のところは見逃(みのが)して進ぜよう」
 昨日、部活から帰ったとき、偶然、父親が観ていた再放送のBS時代劇の台詞(せりふ)を嘉彦はそのまま言った。俳優の台詞が余りにも格好よかった・・ということもある。
「見逃すもなにもないでしょ! 小遣(こづか)いは多めに渡してあるんだから…。明日(あした)、帰りに買っときなさいよっ!」
「ああ…」
 味も素(そ)っ気(け)もなく母親に押し出され、嘉彦はあっさりと土俵を割った。ところが、柵は悪い柵をを呼ぶばかりではなかった。
 次の日の部活の帰り、嘉彦はいつも寄るパン屋へ入った。そのときである。
「やあ、ぼっちゃん! いいところへ来なすった。今日は開店20周年で、すべて半額!」
 聞いた嘉彦は、逆転だなっ! と、ニンマリした。倍の量を買えた帰り道、昨日、パンが冷蔵庫にあれば、寄ることもなかっただろうし、そうなれば、倍の量のパンも買えなかったことになる…と嘉彦は自転車を漕(こ)ぎながら思った。
「フフフ…。柵(しがらみ)崩(くず)し、見たかっ!」
 偶然にそうなったのであり、技(わざ)を披露(ひろう)した訳でもなかったが、誰に言うでなく嘉彦はぺダルを漕ぎながら嘯(うそぶ)いた。これも、昨日の時代劇ドラマの受け売りだった。柵は逆転を起こすようである。

                               


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