得心(とくしん)できる、いい格言(かくげん)がある。━ 馬鹿(ばか)と鋏(ハサミ)は使いよう ━ だ。どんなものでも、その使いようを考えれば、上手(うま)く利用できる・・という訳だ。使う人の使いようによって、成否(せいひ)が逆転する・・ということも当然、有り得ることになる。
「灯守(とうもり)さん、急(せ)かせてすみませんが、アレどうなりました?」
「ああ、アレですか。ははは…アレはまだ…」
部長の狭島(せまじま)に訊(たず)ねられた第一課長の灯守は一瞬、しまった、忘れていた! と思ったが、顔には出さず、悟(さと)られまいと余裕めかした笑顔で開き直った。
「そうでしたか、いや、どうも…。君の仕事は100%間違いがないが、出来るだけ早く頼みます」
穏やかに返した狭島だったが、内心は、人選を誤(あやま)ったか…と、悔(く)いた。要は、人材の使いよう間違いを・・である。第二課長の短崎(たんざき)だったら、出来ていたか…とも思えたが、灯守がいる手前、微笑(ほほえ)んで濁(にご)した。一応、安全策を取るか…と、さらに巡った狭島は、短崎にコンタクトを取り、灯守に依頼した仕事を打診した。
「ああ、アレですか。アレなら万が一を考えて、私もやっときました。明日、お持ちしましょう!」
「なんだ! そうでしたか。それは助かりまります! いや、有難う!!」
狭島は短崎の手を両手で握り締め、礼を言って感激した。専務の呼び声が高い狭島としては、これで
役員の面々に対し面目(めんもく)躍如(やくじょ)といったところである。そんなことがあった日以降、短崎は狭島の剃刀(カミソリ)として、切れのいい腕で使われるようになった。で、一方の灯守は? といえば、これもまた、剃刀仕事後の確認役として重宝されている。これが、使いよう・・ということだろう。
完