水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-52- 肩(かた)叩(たた)き

2017年12月18日 00時00分00秒 | #小説

 どうも疲れている…と、錦木(にしきぎ)は片手で肩をポンポン・・と叩(たた)き始めた。会社で残業する日が多くなったからな…と、錦木は思いながら得心した。ここ最近、会社内の雰囲気は悪く、そうでもしないとリストラ対象になりかねない状況だったから、いい意味ではなく悪い意味で肩をポンポン・・と叩かれては困る訳だ。そんなことで残業続きの日々となったのだが、錦木としては、たまには何も考えず、馴染(なじ)みの鮨(すし)屋で上トロを頬張(ほおば)りながら熱(あつかん)でキュッ! と一杯やりたい心境だった。その馴染みの鮨屋も、ここ最近、とんと、ご無沙汰(ぶさた)していた。
 錦木が暗い課内で机上の蛍光灯一つでパソコンに向かっていると、そこへガードマンが一人、懐中電灯を照らしながらドアを開けた。
「ああ・・錦木さんでしたか。遅くまでご苦労さまです!」
「ああ…警備の堀田さん」
 錦木は思わず手を止め、振り向いた。堀田は錦木のデスクへ近づいた。
「いやぁ~誰かがお残りなんだろうとは思いましたがね、これも念のためです。仕事ですから…」
「そら、そうです。いや、ご苦労さまです」
「お互いに…」
 二人は顔を見合わせ、笑い合った。錦木は首を回しながら肩をポンポン・・と何度か叩いた。
「最近、お疲れなんでしょうな」
「はあ、まあ…。会社の状況が今一、厳(きび)しいですから」
「実は私も、ポンポン・・の口なんですよ」
 堀田は隣りのデスクの椅子へ座った。
「…と、言われますと?」
「前の会社で肩を叩かれまして…」
「叩かれましたか…」
「はい、叩かれました。それで、今です」
 二人は顔を見合わせ、また笑い合った。
「私もお世話になりますかな」
「その気分なら、リラックスできて肩を叩くほどお疲れにはならないでしょう」
「ははは…それもそうです。その節(せつ)はよろしく」
 その日以降、腹を括(くく)った錦木は、残業しなくなった。成りゆきに任(まか)せたのである。この逆転の発想で、錦木の肩は凝(こ)らなくなった。

                              


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