水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-60- いい話、悪い話

2017年12月26日 00時00分00秒 | #小説

 表立っては、なるほどっ! と得心(とくしん)が出来るいい話でも、悪い話だった・・ということがある。世の中は、そう甘くないことを裏づける厳然(げんぜん)たる事実だが、昨今(さっこん)、いい話は逆転して悪い話だ・・と考えてもよさそうな殺伐(さつばつ)とした時代に至っている。マルチ商法のいい話に、ついフラフラと乗せられ、自殺を考えるほどの大損(おおぞん)をさせられた哀(あわ)れな独居(どっきょ)老人の話には、思わずぅぅぅ…と涙を誘われるが、まあ不用意だった・・という自己責任も当然、ある筈(はず)だから、[痛(いた)し痒(かゆ)し]といったところかも知れない。むろん、犯罪行為は許されるはずもないが…。
「コチラとソチラ、滝山さんはどちらがいいと思われますか?」
「なんです? 急に…」
 川釣り専門店で偶然、出くわした愛好会の二人が語り合っている。話し合っているのではなく、語り合っているのである。ただ短なる世間話ではなく、釣り仲間の専門的な話だから語り合っている・・と、まあこうなる訳だ。
「いや、どちらか買おうと思いましてね」
「そらぁ~私は、コチラの竿(さお)の方がいいと思いますが、使うのは岩池さん、あなたですからな…」
「なるほど、コチラですか…。特価品ですが、コチラですか?」
「いや、コチラじゃなくちゃ! という訳ではないんですよ。ソチラでも十分、いいと思います。懐(ふところ)具合さえいいようでしたら…」
「そうですか…。安いのは何かあるんじゃ? と思えるんですよ、私には」
「でしたら、ソチラでいいと思います」
 どっちでもいいだろっ! と内心、迷惑気分で滝山が選んだコチラの釣り竿は、店が限定販売した見切り品で、超特価の安さだった。ところが、である。一見(いっけん)、特価品には何か問題がある・・と思われがちなコチラの釣り竿が、実はお買い得商品の代表格の品で、普段ならソチラの倍の値がする最高級品だったのである。要は、いい話だったということだ。逆に、岩池が選んだソチラの釣り竿は、高価な上に質(しつ)が余りよくなかった。
「それじゃ、滝山さんの言うとおりコチラに…」
 岩池は折れ、滝山に従った結果、折れなかった。危うく悪い話になりそうだった買物が、いい話へと逆転した訳である。世の中に逆転は付きものだ。

                               


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