水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-47- 接客指導

2017年12月13日 00時00分00秒 | #小説

 明谷(あけたに)に言わせれば、今一、分からないのだという。何が分からないのか? といえば、それはレジへの接客指導である。レジとは誰しもご存知のように、スーパーで買物代金を支払うときに対応するレジ係のことだ。では、そのレジ係が接客する何が明谷に分からないのか? ということになるが、それはこれから追々(おいおい)と語ることにしよう。語ってもらわなくてもいい! と思われる方は、適当に寛(くつろ)いで戴いても一向に構わない。
  その日、明谷はいつものようにスーパーへ買物に出た。買うものが出来たからだが、別に変わったこともなく消耗した品を買うと手持ちの籠へ入れ、レジへと向かった。生憎(あいにく)、レジのカウンターは買物客でごった返していた。ちょうどその日が連休だったこともあったのだろう。明谷は、まあ、仕方ないか…と思うでもなく、無意識で客列の短そうなところへと並んだ。そして、しばらくは並んでいた。明谷が並ぶレジの後方のレジは係員がいなかった。そのとき、急に店内アナウンスが流れた。
 『食品レジが、ただいま大変、混雑しております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたします』
  女性アナウンスが流暢(りゅうちょう)にペチャクチャと捲(ま)くし立てた。明谷は、また思うでなく、『そらそのとおりだ。確かに混雑してる…』と思った。店内アナウンスは、なおも続いた。
 『係員は食品レジへお入り下さい』
  そのアナウンスが終わるか終わらないかのうちに、女性レジ係と思(おぼ)しき女性店員が走ってきて、明谷の後方のレジへと入った。明谷は、前に並ぶ客が支払いを終えそうな状態で、『やれやれ、やっと俺の番か…』と思うでもなく並んでいた。そのとき、明谷の思いを覆(くつがえ)す逆転の声がした。今、走りこんだ後方の女性レジ係の声だった。
 「あの…こちらへ、どうぞっ!」
  明谷は、嘘(うそ)だろっ! と、はっきり思った。というのも、明谷はすでに次の番で、ほぼレジ前にいるからである。後ろのレジへ移動する間にレジが済むだろうが…と思えたのは、なにも明谷一人ではなかったはずである。
 「いいです…」
  明谷は逆転を固辞(こじ)した。少し妙な接客だな…と思えたのは店を出たあとだった。長蛇(ちょうだ)の列に並ぶ一番後方の客の待つ労(ろう)を察(さっ)して声をかけるのなら理解できるのだ。逆転した店の接客指導を、明谷は未(いま)だに分からないそうだ。

                              


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