水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

足らないユーモア短編集 (8)出張

2022年07月02日 00時00分00秒 | #小説

 遠方への出張で列車に乗ったまではよかったが、平岩(ひらいわ)は何かが足りない…と気づいた。その何かが分かればいいのだが、平岩の脳裏に浮かぶのは、新妻が出がけに持たせてくれた愛妻弁当の中身が何か…である。栄養士の資格を持つ平岩の新妻は、それはもう、美味しい料理で平岩を和ませてくれていた。
「ああ、僕っ! 出がけに何か忘れなかったかい?」
 どうしてもその足らない何かが分からず、平岩は思わず携帯を握っていた。
『さあ…別になかったと思う』
 妻の返答は優しい口調ながら無情(つれな)かった。そのとき、列車が激しく揺れ、急停車した。そこで、平岩は目覚めた。俺は…そうそう、出張の途中だ…と平岩は眠たげに気づいた。夢か…と、また平岩は思った。そして、いや待てよっ! と、またまた思った。夢のように何かを忘れていた。ただ、その足りない何かが分からないまま、ついウトウトと眠ってしまったのである。平岩は夢のように携帯を握った。
「ああ、俺だっ! 出がけに何か忘れなかったかっ!?」
「何言ってんのよっ! お弁当、玄関に置いたままだったわよっ!!」
 妻の返答は無愛想で無情(つれな)かった。平岩は足らないでよかった…と、しみじみ思った。弁当の中身が無情い…と分かっていたこともある。^^
 足らない方がいい場合もある訳だ。^^

                   完


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