怪談というのは怖さが足らないと今一つ盛り上がらない。かといって怖すぎてもやはり視聴しにくいから、その程度が難しい訳だ。重要無形文化財保持者、所謂(いわゆる)、人間国宝の方になると、その辺りの妙は心得ておられるから、視聴者側の反応によって微調整する話術をお持ちなのである。
夏場のとある演芸亭である。一つ目の噺家(はなしか)が得意満面に一席を噺終え、舞台袖へと下がってきたところだ。客の反応は今一で、中にはウトウトと眠る者もいる。外は灼熱地獄だが、客席は空調が程よく利いているからだろう。噺家は楽屋へと軽やかな足取りでスイスイと入っていく。
「お前ねぇ~、あんな語り口調じゃダメだよっ! ちっとも怖かぁ~ないじゃないかっ! 客が呆(あき)れて笑ってたよっ!」
「はい、師匠っ! どうもすいませんっ!」
「私に謝(あやま)ってどうすんだいっ! 謝るならお客に謝りなっ! 怪談ってのはねぇ! 怖かなきゃ怪談とは言わないんだよぉ~」
「…」
師匠に聴かれていた弟子は何度もお辞儀しながら、独楽鼠(こまねずみ)のように小さく身を竦(すく)めた。
「とても二つ目どころの騒ぎじゃないねっ! 帰ったら夜っぴいて稽古をつけるからねっ!」
「はい師匠っ! よろしくお願いしますっ!」
「話は変わるけどさぁ~、二人目が出来たんだって?」
「はい、お蔭さまで…」
「一つ目で二人の子持ちねぇ~、そういうのは上手(うま)いんだから、怖いよっ! まるで怪談だっ!」
師匠がニタリと笑い、弟子もニタリと笑った。
怪談は意外なところに存在するのである。^^
完