水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

SFユーモア医学小説 ウイルス [61]

2023年03月14日 00時00分00秒 | #小説

 蛸山はインスタント豆思考派である。片や海老尾はブルマン[ブルーマウンテン]以外は飲まない高級豆思考派だ。海老尾としては、どこが美味(うま)いんだ…くらいの感覚で、蛸山専用のマグカップに少量のコーヒーを入れ、自動湯沸かしポットの湯を注いだ。
「…で、その後のモレアの販売競争はどうなった?」
「ああ、その話ですか…。どうも効果は一過性ではないようで、数社の競合もなくなったようです」
「と、いうと?」
「どの会社も出荷量が好調なようで、競合する必要がなくなった・・というのが理由だそうでして…」
「なるほど…。患者さんの利用が増えているということだな…」
 蛸山は、ひょっとすれば私がノーベル賞候補に…という思いで北叟笑(ほくそえ)んだ。
「ええ…。でも所長はノーベル賞のような晴れがましいものは好かないんでしたよね…」
 その言葉を聞いた蛸山は、心中を見透かされたようでギクッ! とした。
「んっ!? ああ、私はそういうものは好かん、好かんっ!!」
 蛸山は本音(ほんね)とは裏腹に、全否定した。
「ところで、今研究中の新薬なんですが…」
「モレアの薬効が持続するようなら、まあ、急ぐこともないだろう…」
「ですよね…」
 そういいながら、海老尾はふと、夢に現れるレンちゃんのことが浮かんだ。今夜あたり、夢に現れてくれるといいんだが…くらいの心である。
「どうだい? 今夜あたり…」
 蛸山は手振りで猪口を傾ける仕草をしながら微笑んだ。
「おっ! いいですねぇ~」
「忙(いそが)しかったから随分、君とは飲んでいなかったからな」
「そうですね。この前は寒かったですから…」
 今は、すでに桜の花が綻(ほころ)ぶ春先である。

                   続


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