医学的な話は別として、驚くと吃逆(しゃっくり)が出る場合がある。さらにその吃逆は止まりにくいから厄介だ。
篠宮はいつものように、とある酒場で飲んでいた。
「親父さん、もう一本つけてくれ…」
「へいっ!」
店の親父とは、ここ数十年来の付き合いだったから、お互い気さくに話せた。篠宮は左手で猪口を口へ運びつつ、右手の箸で摘みの一品を味わった。
「篠宮さん、来月でこの店、閉じますんで…。長い間、お足を運んでいただき、有難うございました…」
「ええっ!! ヒック!!」
篠宮は突然出た予想外の親父の言葉に驚くと、口へ運ぶ手を止めた。そのとき、吃逆が出た。
「どうしてだい、親父さん? ヒック!!」
「いやなに…。田舎で暮らす息子夫婦が帰ってこいって言うもんでしてね。そろそろ年ですから、ここらが潮どきかと思いまして…」
「ヒック!! そうなんだ…」
篠宮の吃逆は、なかなか止まりそうになかった。
「吃逆ですか…。息を苦しくなるまで止め、すぐ吐いて吸い、また止めてみて下さいまし…。止まるかどうか分かりませんが、たぶん止まると思います」
篠宮は親父の言葉どおり息を止め、苦しくなると吐いてすぐまた空気を吸って止めた。すると、しばらくして篠宮の吃逆は止まったのである。
「止まったよ親父さん、ありがとう…。それに長い間、通わせてもらって有難う」
「いえ、こちらこそ…」
篠宮にとって、驚く閉店話で出たこの夜の吃逆は、記憶に残る吃逆になった。
戻(もど)り梅雨(づゆ)の蒸し暑い一夜のお話でした。^^
完