水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

驚くユーモア短編集 (18)山道(やまみち)

2023年12月10日 00時00分00秒 | #小説

 夏の登山シーズンである。高山(こうざん)への登行は梅雨明け十日・・と言われ、気候が一番、安定して崩れにくい。登山に適した期間なのである。私も若い頃は[まだまだ気持ちは若いが、体力は寄る年波に勝てません^^]よく登ったものだ。登っていると、地図(マップ)に乗っていない山道(やまみち)の分岐に時折り出食わし、驚くことがある。団体ならいいが、単独登行の場合だと概して危うい。道を間違えば遅れる上に、場合によっては遭難事故ということもあり得る。
 節多羅(ふしだら)は、とある高山へ登る途中の山道で迷っていた。バス停を降り、ダケカンバの樹林地帯へと足を踏み入れたのだが、案に相違して山道らしき道がないのである。この樹林地帯を越えれば登山口へ出るはずなのだが、いっこう登山口の山小屋へ出る気配がない。それどころか益々、鬱蒼(うっそう)と茂る樹々が節多羅を包み込もうとしていた。理由を説明すれば、節多羅はバス停からしばらく登ったところにある標識を見落とし、分岐した獣道(けものみち)へと分け入っていたのである。むろん、そのことを当の本人は知る由(よし)もなかった。
 しばらく歩いていると、妙なことに、市販のおにぎりが落ちていた。獣(けもの)に出食わして驚くなら話は分かるが、落ちているおにぎりで驚くのは節多羅も生涯、初めての経験だった。節多羅は訝(いぶか)しげにおにぎりを拾い、なおも細い獣道を進んだ。すると、しばらくしたところで、ザザザッ! と微(かす)かな音がし、その音がこちらへ近づいてくるではないか。節多羅は驚くどころか怖(こわ)くなってきた。
「あの…この辺におにぎり、落ちてませんでしたか?」
 笹をかき分けて現れたのは、獣ではなく登山姿の中年男だった。節多羅は、またまた驚かされることになった。
「コレですか…」
 節多羅は、手にしたおにぎりをその男に示した。
「あっ! それですっ! よかった!」
 名前も書いていないのに、それですっ! と決めて言うのも如何なものか…と瞬間、思えたが、節多羅はそうとも言えず、その市販のおにぎりを手渡した。
「有難うございます…。あなたも迷われたんですか?」
「はあっ? ええ、まあ…」
 節多羅はバツ悪く、暈(ぼか)した。
「この先で行き止まりです。戻(もど)った方がいいみたいですよ。どうも、迷ったようです…」
 二人はトボトボと元来た山道を目指し、獣道を戻り始めた。
 登山の途中、人ではなく獣で驚くのは戴けません。危険地帯では音がする鈴などを鳴らしながら歩きましょう。^^

                   完


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