水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十一回)

2012年02月09日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       
    
第三十一回
「そりゃ大変だ! 君としては生死にかかわるな。仕事の失敗どころの話じゃない」
「はい…」
 その時、ウエイトレスが注文のコーヒーとミルクティを運んできた。田丸は、そのミルクティを一気に半分ほど飲み干した。やや狼狽していたということもあったが、上山以上に興奮している感は否めなかった。カップとレシートを置いたウエイトレスが未だ下がる前だったから、瞬間、そのウエイトレスはギクッ! と、たじろいだ。
「上山君! 社長の私だから云うんじゃないが、それはやめた方がいい。今までだって死んだ平林と上手くやってきたんだろうが。何かいい手立てがきっとある。それを試してからでも遅くはあるまい」
「はあ…、それはまあ」
 上山はコーヒーを少し啜って曖昧に暈した。
「これからの君だ。人生、棒に振るなそんな気にさせるのは罪だなあ、誰か知らんが…。ろくな者(もん)じゃなかろう」
「いえ、それは私が悪いんです」
「いや、それは違うぞ、上山君。君が悪いんじゃない」
 二人は少し興奮しだしたが、馬鹿らしい自分に気づいたのか、互いに押し黙った。
 結局、キングダムを出る頃には、上山が引いて二人の問答は終結した。上山も田丸に止められるうちに、自分の誤りを自覚したからである。
 田丸に丸め込まれた格好で帰宅した上山は、今後の方針を…と、あれこれ思い倦(あぐ)ねた。着替えも、そこそこに、、グルリと左手首を回した上山は、いつの間にか幽霊平林を呼んでいた。幽霊平林は、パッ! と格好よく現れた。 
『課長! 何か浮かびましたか!?』
「いや~、そうじゃないんだがな。君の方はどうだ?」
『今のところ、僕の方は…』
 幽霊平林は口を濁した。

 


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第三十回)

2012年02月08日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第三十回
 そんな生半可な仕事をしているうちに昼となり、やがて退社時間となった。上山の心の中には、一日の中で漠然と考えた一つの発想が次第に具体化しつつあった。上山の足は、どうしたことか社屋の外へは向かわず、社長室へ進んでいた。その社長室へ上山が入ろうとしたとき、入口ドアを出ようとしていた田丸と、ばったり鉢合わせした。
「おっと! なんだ上山君か。どうかしたのかね? 私は今、帰ろうとしとったんだが、何か用かね?」
「いえ、ちょっと社長に云っておこうと思ったもので…。私、退職させてもらえないでしょうか!」
「なんだ、藪から棒に! 驚くじゃないか…。まあ、歩きながら話そう」
 上山の思いつめたような眼差しに、田丸は幾らか、たじろぎながら宥(なだ)めた。
 田丸の勧(すす)めで、二人は会社前の喫茶・キングダムへと入った。ウエイトレスが注文を訊(き)いて下がったあと、田丸が急(せ)くように話しだした。
「辞めるって、それは聞き捨てならんぞ。何かあったのかね? 仕事のトラブルとか…」
「いや、そうじゃないんです。社長もご存知の平林君絡(がら)みの話なんですよ」
「君が見えるという、死んだあの平林君関連かね」
「はい、その平林君絡みで…」
「詳しいその後の事情は分からんが、余り人前で素(す)に話せん話だわなあ…」
 田丸は上山と幽霊平林の経緯(いきさつ)を知る唯一の人間であった。
「ええ、この前、少し霊界のお偉方のことをお話ししたと思うんですが、その霊界番人という存在のご命令で、私と平林君のやろうとしたことにストップがかかりまして…」
「おお、地球温暖化阻止とか云っておった事案だったな、確か」
「はい、そうです。そうしないと、私の身が危ういのです」
「危ういとは?」
「私の身が人間界と霊界の狭間(はざま)へ閉じ込められる危険性があるのです。現に一度、警告のように閉じ込められました」


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十九回)

2012年02月07日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十九回
 列車が駅構内へ静かに止まると、上山は、「水、清ければ魚、棲(す)まず、か…」と、呟くように吐き捨て、座席を立った。
 その日は仕事が手につかない上山だった。幽霊平林とこれから何をすればいいのか…と、このことばかりが頭を離れない。
「課長! どうかされたんですか?」
 上山が課長席に座り、ふと我に帰ると、目の前には岬が立っていた。
「んっ! ああ、岬君か。何だね?」
「いや、いつでもよかったんですが…。妻が課長に、よろしくと云っていたもんで、忘れないうちに云っておこうと思いまして…」
「おお、そうか…。元気かい、亜沙美君、いや奥さんは?」
「はい、お蔭様で…。育児が大変ですが、頑張ってるようですよ」
「ほお、それはよかった…」
 上山は、幽霊平林とのことなど、すっかり忘れていた。
 岬が自席へ戻ったとき、上山は、ふと時計を見た。知らない間に十一時は、もう疾(と)うに過ぎていた。その時、上山の心に、考えるでなく、ある想いが巡った。人はなぜ機械を使うのか…。もちろんそれは、人が快適で便利な暮らしを育(はぐく)むためのものである。だが、今の世界の趨勢(すうせい)からして、果してそれが快適な暮らしを育むことになっているのだろうか…と。怠惰になるだけの、快楽を得るためだけの、自然を破壊するためだけの…道具になり下がっていはいないだろうか…と。だとすれば、人間はそれに気づき、地球上、唯一の考える葦として、全生命を代表する責務を果たさねばならないのではないか。霊界のお偉方が云っていた社会悪を滅するとは、正にそれではないだろうか…と。上山の思考は巡っていった。だから、机上のやっている仕事は形ばかりで、決裁印も無意識で押していた。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十八回)

2012年02月06日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十八回
「いや! それは、やめておこう。奴は奴だからな。迷惑はかけられん」
『その人は、元大臣でノーベル賞をとられた方じゃ?』
「ああ、そうだ。国民栄誉賞とかもな。今や名誉町民で、社長らしい」
『そんな偉い方なら、ましてや、ですね』
「ああ、そういうことだ。やはり、私達で考えよう」
『はい…』
 二人は、ふたたび押し黙り、考え始めた。
その後は結局、一時間ばかりが経過したが、これというアイデアは二人とも浮かばず、その日はお流れとなった。上山が、いいアイデアが出れば呼び出すということで二人(一人と一霊)は別れたのだが、非常に難易度が高い問題を解く感覚にも似て、二人にはまったく目星がついていなかった。
 次の朝、上山はいつもと同じ様に田丸工業へ出社し、幽霊平林は霊界の住処(すみか)で霊界万(よろず)集を前に熟考しながら漂っていた。上山は上山で通勤中もいいアイデアはないかと模索していた。この日は車を駐車場へ置き、態々(わざわざ)、時間がかかる電車で会社へ向かうくらいだった。すんなりと車で行けば事足りるのだが、時間をかけた背景には、運転の要を避け、神経を集中させたい思惑があったのである。
 霊界番人が云う無の社会悪、すなわち社会正義とは、ある意味、善を押し通す心の偏見ではないのか…と、電車に揺られながら上山は思った。人間は黒くもなく白くもなく、悪でもなく善でもない、その融け合う妙味ではないのか…と。どちらも極まれば、それはそれで間違いとなり、すべての人間が受け入れられないものになるに違いないと、また上山は巡った。云わば、人間の世界は適度な灰色で成立していて、その明度の限界値を越えれば、人はそれを社会悪として罰するのだと…。そう思いつつ、ふと上山が列車窓の風景に目を遣(や)れば、早や、降りる駅が近づいていた。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十七回)

2012年02月05日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十七回
『ああ、そうでした。課長の身が危うい』
「危うくはないんだろうが、不安だ」
『何をゴチャゴチャお前達は云っておるのだ。…まあ、そういうことゆえ、お前達の今後の行いが改まったと霊界司様がお認めになれば、自然とその者の状態は元に戻るであろう』
『はは~っ!!』
 幽霊平林は、ふたたび頭を地につける土下座の仕草を空中に漂いながら始めた。
『では、儂(わし)は行くゆえ、新しき手立てを考え、世の社会悪をなくせ』
『はは~っ! 社会悪をなくします』
 幽霊平林は相変わらず土下座姿勢のまま浮かんでいる。彼がここまで低姿勢なのは、このまま幽霊として成仏できないとどうしよう…という恐怖が付き纏(まと)っていた。
 霊界番人の声が遠退(の)いて途絶え、光の筋が消え去ったあとも、しばらく二人(一人と一霊)は、そのままの姿勢を崩さなかった。霊界番人が去ったあと、漂いながら無言を続けた幽霊平林と固まって座る上山だったが、二人とも今後のことは少なからず考えていた。
「まず、方法を考えんとな…」
『ええ…、温室効果ガスも独裁者も駄目ってことで…』
「ああ…。そうだ! 私の後輩に塩山という男がいるんだが、話してみてもいいな。奴は私と同じ大学出で、時間研究とか心霊研究とか、いろいろやってた風変りな男でな」
『時間と心霊研究? なんか、僕達の周りには妙な人物が多いですね』
「ははは…、私達の存在自体も不気味で妙だぜ。まあ、君が云うとおり、霊動学の佃(つくだ)教授、心霊学の滑川(なめかわ)教授なんかもいるからなあ…」
「その人に一応は相談してみて下さいよ、一応は」
 幽霊平林は塩山のことを、まったく知らなかったので、お茶を濁した。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十六回)

2012年02月04日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十六回
『安心して下さい、課長。今の状態は霊界司様のご命令で霊界番人様がなされたことのようです。念力を解けば、すぐ元へ戻ると申されております』
「なんだ、そうか…。それを聞いて少し安心したぞ。しかし、なぜそんなことを?」
『はい。今、訊(き)いてみます』
『訊(たず)ねずとも、聞こえておるわ。知れたことじゃ。その方達がしようとしておることを止めるためよ』
『えっ? そんなこともご存知なのですか?』
『至極、当然の話よ。いつぞやも申したであろうが。儂に不可能なことは、何一つとしてないと…』
 霊界番人の声が、幽霊平林の耳に厳かに流れた。
「なんだって?」
『僕と課長が、これからしようとしていることを止めるためだって云われます』
「これから私と君がしようとしていること? …って、独裁者と温暖化のことだな…」
『そうよ。この上山という男には分からんだろうが、それをなすことは、この星を死滅させることになるゆえ、止めたのよ』
『…と、申されますと?』
『まだ分からぬか。如意の筆には荘厳な霊力が宿っておると申したではないか。その筆は、すべてが可能となるのじゃ。よって、正しく使えば陽となるが、誤れば陰となる。すなわち、その陰は、この星の死滅よ。死滅は人間ばかりか地球上に息づく全生命の絶滅を意味する』
「なんて云ってんだ? いや、云っておられるんだ?」
『僕にも訳は分かりませんが、お話では地球の危機となるようです。この筆を使えば…』
 幽霊平林は胸元に挿(さ)した如意の筆を指先で引き抜くと、上山の方へ示した。それを見て、「なるほどなあ…」と上山は、すぐひと言、返した。
『どうします、課長。方針転換しますか?』
「しますか? って、せざるを得んだろう、君。このままじゃ、私はどうなるんだ」
 上山は不満げに幽霊平林を見た。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十五回)

2012年02月03日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十五回
「霊界番人様? …私には何も見えんぞ、君!」
 上山は鋭い声で云った。
『課長には聞こえません。ただ、僕にもそのお姿は見えてません』
「なんだ、そうか…。しかし、この私は、どうなったんだ。君、訊(き)いてみてくれよ」
 上山は少し不安げな大きめの声で幽霊平林に云った。
『あの、課長はどうなったんでしょう?』
『おお、そこの人間界の者か。確か…なんとか申したのう』
『上山です。上山課長です!』
『そうじゃったな。その者は、お前の姿が見えるはずだったが…』
『はい! そうです』
『結論から申せば、今、その者はいつぞやと同じ人間界と霊界の狭間(はざま)にある。いや、いつぞやよりは、もう少し霊界に近いじゃろうのう』
『それは、なぜ?』
『今回は儂(わし)が霊界司様のご命令で、したことじゃ。ゆえに、儂が念力を解けば、すぐさま元に戻れるから安心せい、と伝えよ』
『ああ、よかった…』
 幽霊平林は、それを聞き、ひとまず安心した。
「何が、よかったんだ、君?!」
 安心できないのは上山である。
『あっ! こっちの話です、課長。すいません。霊界番人様のお話によれば、課長の今の状態は、霊界と人間界の狭間にある、ということです』
「いつやらあった、あの状態か?」
『いえ、あの時よりは、もう少し霊界に近いそうです』
「なんだって! 私はどうなるんだ、君!」
 上山は興奮しだした。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十四回)

2012年02月02日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      
    
第二十四回
『はい、確かに…』
「まあ、それはそれとしてだ。現実に彼等が政治を掌握し、軍事力を駆使していることも確かだ」
『それはそうなんですが、彼等は軍事面ですよね。地球上の温室効果ガスという物を撒き散らす国家の代表者は含まれてません。地球上の環境汚染は独裁者とは、また異質で別個のものでしょう』
「おお…。そうだな。地球環境は全世界の問題だから、すべての国々のトップに念じないと効果はないなあ」
 上山は、軍事面と環境面を混同した自分を反省した。その上山が両腕を組んだとき、俄かに激しい震動が起こり、家全体が揺れだした。いや、上山には、そう思えた。
「地震かっ!!」
 上山は幽霊平林に思わず叫んだ。その幽霊平林は緊張のためか言葉を発しない。ただ、彼の頭上には、気持の昂(たかぶ)りによって生じる青火でけが灯っていた。震動が止まったとき、上山の視界は暗闇に閉ざされた。瞬間、上山は停電か…と思った。しかしそれは、停電などではなかった。暗闇の中に見えるものといえば、青火を頭に頂(いただ)いた幽霊平林だけである。やがて、上山も少しずつ異変に気づきだした。
「おいっ! 私は、どうしたんだっ!!」
『ぼ、僕にも、さっぱり分かりません! どうなったんでしょう!』
 幽霊平林も周(まわ)りを見回しながら状況を把握しようとしたが分からず、不安げな眼差(まなざ)しでポツンと云った。その時、声がどこからともなく響いた。といっても、人間には聞こえない。霊界の者だけに聞こえる特殊な声である。この場合は当然、幽霊平林にしか聞こえなかった。
『儂(わし)じゃ! お前には聞こえるであろうが、そこにいる人間界の者にき聞こえぬであろう。よって、儂の云うことをろねそのとおり汝(なんじ)が伝えるのじゃ』
『はは~っ!! 霊界番人様!』
 空中を漂いながら頭(こうべ)を地につける土下座の仕草を幽霊平林は始めた。


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連載小説 幽霊パッション 第三章 (第二十三回)

2012年02月01日 00時00分00秒 | #小説

 幽霊パッション 第三章  水本爽涼
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                     
    
第二十三回
『んっ? …まあ、あるといやあ、あるんですが…』
「どんなこと?」
『ですから、僕と課長の思いどおりになるんですから、誤ったことは念じられないってことです。いつかも、そのことは話題になったと思うんですが…』
「ああ…。そりゃ慎重に考えにゃならんわな」
『でしょ?』
「ああ…」
 二人(一人と一霊)は、またおし黙った。その後、しばらくは沈黙が続いたが、上山は突然、ノートを開いた。
「幾つか書いていこうか、とにかくな。で、書いたあと、考えようや」
『はい…』
「じゃあ、云ってみてくれるか」
『えっ? そんな他人任せな…』
「いや、すまん。しかし、君は他人じゃないからな。というより、正確にはもう幽霊だからな」
『はあ。それはまあ、そうですが…』
「何でもいいから云ってくれ」
「はい! まず独裁者のような個人と温室効果ガスのような物とに分けて念じる内容を考えましょう」
「おお、そうだな…。人と物だな。そうそう…」
 上山はノートに人と物という文字をボールペン書きした。どこか他力本願的な上山だった。
「独裁者は、そこに書いてある人間だろうが、まあ、そこに書いてある人間達を独裁者と決めつけられるかは分からんが…。そうだろ、君?」
『ええ、まあ…。霊界万(よろず)集にも独裁者とは書かれていませんでした。飽くまでも、独裁国家の代表者という呼び方で記(しる)されてました』
「霊界の書物だから、そう穿(うが)った見方はしてないはずだから、正確なんだろうな。彼等は我々、人間界では独裁者と報道されているが、これは考えようによっては、メディアの偏見とも考えられるからな。何が善で何が悪かは、神のみぞ知る、だっ!」


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