水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

逆転ユーモア短編集-55- 植え替(か)え

2017年12月21日 00時00分00秒 | #小説

 盆栽はある程度の年月で植え替(か)えをしなければ木が痛み、場合によっては枯れる。根が伸び過ぎ、用土が細かくなリ過ぎた結果、通気性が損なわれて枯れる訳だ。そのために植え替え作業となる訳なのだが、これがどうして、簡単なようで、なかなか難しく馴(な)れがいる。馴れればどうってこともなくなるが、それまでは経験の積み重ねが大事となる。人の場合も同様で、人事異動は丁度、この植え替え作業と似ていなくもない。公務員の鴨崎(かもざき)にとって迫(せま)る四月の異動は、恰(あたか)も植え替えを待つ盆栽の鉢(はち)だった。
 盆栽の植え替え作業は植木職人だが、課長の鴨崎が勤務する場合は、泣く子も黙る人事部管理課[略称は人管]だ。この人管によって多くの同僚が悲喜こもごもの涙を流したのである。嗚呼(ああ)、いよいよ俺の番か…と鴨崎は深い溜め息を一つ吐(つ)いた。
「鴨崎さん、ちょっと!!」
 部長の鍋蓋(なべぶた)が煮えたぎった顔で、今にも出し汁(じる)へ放り込みそうな声で鴨崎を呼んだ。
「は、はいっ!!」
 鴨崎は、俎板の鯉のような気分でイソイソと部長席へ近づいた。
「実は…先ほど人管から内示を受けてね」
「はい…」
「君は四月から別の鉢へ、いや、別の部へ移動が決まったよ。一応、内示しておくから、心しておくように…。部は○□部で、次長待遇だっ! よかったなっ!」
 ○□部の次長待遇なら、万年課長だった鴨崎にとっては御(おん)の字だった。
「はっ! 有難うございますっ!!」
「いや、私は何もやっとらんよ。君の日常の努力が認められた結果だ。よかったな!」
「は、はいっ! 有難うございますっ!! ぅぅぅ…」
 万感(ばんかん)迫(せま)った鴨崎は、思わず嗚咽(おえつ)の声を漏(も)らした。
「馬鹿野郎! 泣くやつがあるか。ははは…」
 鴨崎は上手い具合に植え替えられ、ようやく、いい鉢へと収(おさ)まった。

                               


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逆転ユーモア短編集-54- 氷と水

2017年12月20日 00時00分00秒 | #小説

 氷はコチコチで固く、まったく動かない。水はその反対で、グ二ャグニャで変化して、よく動く。人々が暮らす世間でも、この両者は鬩(せめ)ぎ合っている。どちらがいいとか悪いという問題ではなく、両者には一長一短があるのだ。
 とある中学校の職員室である。
「堅仏(かたぶつ)先生! アノ用紙、出来てます?」
「アノ用紙? アノ用紙といいますと、先だってテストされたアノ書類ですか?」
「ええ、アノ用紙です」
「アノ用紙は昨日(きのう)、お渡ししたはずですが…。おかしいなぁ~」
「何言ってるんです。受け取ってませんよ」
 教師の軟泰(なんたい)は堅仏に不満たらしく返した。堅仏は一週間前の記憶を思い出したのである。明らかな勘違いである。この一週間前の記憶の氷が軟泰によって解かされないと、アノ用紙は堅仏の自宅の机の中で眠ったままになる・・という由々しき事態を招いていたのである。アノ用紙とは大事な試験の答案用紙で、急がしかった軟泰が同僚教師の堅仏に採点を頼んでおいた用紙だったのだ。さらに深刻なのは、有名高校への進学の鍵(かぎ)を握る模擬(もぎ)テストだったから、最悪の事態だった。
「弱ったなぁ~! さて、どうする?」
 軟泰は困り顔で堅仏を見た。ところが、話は逆転するような勘(かん)違いで、少しも軟泰が困る必要はなかったのである。というのは、軟泰は先を読み過ぎていたのだ。有名高校の試験は3年生に実施されるべきはずの模擬テストだったのだが、軟泰がテストさせたのは2年生だったのである。1年先の有名高校試験用の模擬テストを2年生に受けさせたのだった。軟泰はその勘違いにまったく気づいていなかった。
 物事を氷のようにいつまでも維持(いじ)し過ぎるのも問題だが、逆転して水のように先へ先へと軽く流し過ぎるのも問題となる訳だ。

                               


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逆転ユーモア短編集-53- 仕事

2017年12月19日 00時00分00秒 | #小説

 仕事をしていることを、さも当たり前のように思う人も多いが、仕事に就(つ)けて働ける・・という状況は非常に有難いことなのである。この逆転した発想は、普通なら働けばお金をもらえるのは当然じゃないか…と考えて誰も抱かないが、実は社会がその人を許容(きょよう)して受け入れていることに他ならない。受け入れてもらえなければ、誰も仕事に就けず働けないからお金は手に出来ない。そう考えれば、もらえるお金の多さ、少なさに不平を抱いたり満足したりするのではなく、仕事に就いて働けることが有難いことになる。しかも、健康で働ける状況にある今の自分に感謝しなければ罰(ばち)が当たる。…まあ、罰は当たらないだろうが、働く機会を与えられない人や働けない人に対し申し訳ないことになる。むろん、働けるのに働かない人は論外だ。
 とある会社の面接会場である。
「はいっ! 次の人っ!」
 呼ばれた次の人は、入ると椅子に座った。
「あなたの特技は?」
「手先の器用なことですっ!」
「この場で何かできますか?」
 次の人はマッチ棒を二本、服のポケットから出すと器用に鼻と唇に挟(はさ)み込んでみせた。審査員一同は、その何とも奇抜(きばつ)な特技に爆笑し、笑い転(ころ)げた。
「は、はい。ははは…もう、いいです。ははは…」
 この次の人は見事に合格し、会社へ就職できた。仕事は、もちろん営業部渉外課だった。
 
                               


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逆転ユーモア短編集-52- 肩(かた)叩(たた)き

2017年12月18日 00時00分00秒 | #小説

 どうも疲れている…と、錦木(にしきぎ)は片手で肩をポンポン・・と叩(たた)き始めた。会社で残業する日が多くなったからな…と、錦木は思いながら得心した。ここ最近、会社内の雰囲気は悪く、そうでもしないとリストラ対象になりかねない状況だったから、いい意味ではなく悪い意味で肩をポンポン・・と叩かれては困る訳だ。そんなことで残業続きの日々となったのだが、錦木としては、たまには何も考えず、馴染(なじ)みの鮨(すし)屋で上トロを頬張(ほおば)りながら熱(あつかん)でキュッ! と一杯やりたい心境だった。その馴染みの鮨屋も、ここ最近、とんと、ご無沙汰(ぶさた)していた。
 錦木が暗い課内で机上の蛍光灯一つでパソコンに向かっていると、そこへガードマンが一人、懐中電灯を照らしながらドアを開けた。
「ああ・・錦木さんでしたか。遅くまでご苦労さまです!」
「ああ…警備の堀田さん」
 錦木は思わず手を止め、振り向いた。堀田は錦木のデスクへ近づいた。
「いやぁ~誰かがお残りなんだろうとは思いましたがね、これも念のためです。仕事ですから…」
「そら、そうです。いや、ご苦労さまです」
「お互いに…」
 二人は顔を見合わせ、笑い合った。錦木は首を回しながら肩をポンポン・・と何度か叩いた。
「最近、お疲れなんでしょうな」
「はあ、まあ…。会社の状況が今一、厳(きび)しいですから」
「実は私も、ポンポン・・の口なんですよ」
 堀田は隣りのデスクの椅子へ座った。
「…と、言われますと?」
「前の会社で肩を叩かれまして…」
「叩かれましたか…」
「はい、叩かれました。それで、今です」
 二人は顔を見合わせ、また笑い合った。
「私もお世話になりますかな」
「その気分なら、リラックスできて肩を叩くほどお疲れにはならないでしょう」
「ははは…それもそうです。その節(せつ)はよろしく」
 その日以降、腹を括(くく)った錦木は、残業しなくなった。成りゆきに任(まか)せたのである。この逆転の発想で、錦木の肩は凝(こ)らなくなった。

                              


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逆転ユーモア短編集-51- コトの次第(しだい)

2017年12月17日 00時00分00秒 | #小説

 とある町内での話である。一軒の家を男が訪(たず)ねた。
「はい? どちらさまで?」
「こういう者です。つかぬことをお訊(たず)ねいたしますが、この男、見かけられたことはありませんか?」
 男は背広の内ポケットからチラッ! と警察手帳と一枚の写真を取り出し、格好よく言った。
「あっ! はい…。いえ、見たことはないですな…」
 訊ねられた男は写真を凝視(ぎょうし)したあと、そう返した。
「そうですか。いや、失礼しました」
 訊ねた男は右手で軽く敬礼するような仕草をすると、写真を内ポケットに入れ、ソソクサと立ち去ろうとした。
「あのっ! その男がどうかしたんですかっ?」
 訊ねられた男は立ち去ろうとした訊ねた男の背に言葉を投げかけた。
「いや、なに…。そう大したことじゃないんですがね」
 訊ねた男は立ち止まってふり向くと、返答した。
「なんなんです?」
「いや、お話しするようなことじゃないんです」
「いやぁ~。だから、それを知りたいんですよ。そう焦(じ)らさないで…」
「焦らすもなにも、ほんとに小さいことなんですからっ! あんたも諄(くど)いなっ! もう、いいですかっ!!」
 訊ねた男は、訊ねられた男が逆転してしつこく訊ねるものだから、ついに怒り始めた。
「ええ、まあ…。どうぞ」
 訊ねられた男は煮え切らないまま、訊ねた男を解放した。
「たぶん、犯人を追ってるんだ、あの刑事さん…」
 訊ねた男が立ち去ったあと、訊ねられた男はそう呟(つぶや)いた。だが、コトの次第(しだい)は、そうではなかった。刑事は合っていたが、写真の人物は今年、警察表彰される優良人物で、行方が分からなかったのである。
 現実に起こるコトの次第はドラマ風ではなく、逆転するコトもある訳だ。

                              


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逆転ユーモア短編集-50- 意気込み

2017年12月16日 00時00分00秒 | #小説

 思ったことを、何がなんでもやってしまおう! というのが意気込みだ。意気込みがない思いつきは失敗を招(まね)きやすい上に、下手(へた)をすれば、逆転して取り返しがつかないことにもなりかねない。
 日曜の朝、味噌川(みそかわ)は、ふと思いついた料理を作ってみよう…と思わなくてもいいのに思ってしまった。テレビに映(うつ)っていた料理番組の料理が余りにも美味(うま)そうだったからだが、思ってしまったものは仕方がない。生憎(あいにく)、妻と子は田舎(いなか)の実家へ帰っていて、家の中は味噌川一人だった。まあ、思いようによっては横からとやかく言われず、やり易(やす)くはあった。ただ、綿密に計画を立てて、やろう! と意気込んだ調理ではなかったから、材料も当然、整っていなかった。それでも、まあ代用品でもいいか…とキャベツ代わりに白菜を、牛肉代わりに豚肉を使って調理することにした。主役が倒れたから急遽(きゅうきょ)キャストに代役を立てる・・というのに似ていなくもなかった。
「おかしいなぁ…」
 この言葉が味噌川の口から漏(も)れ出たのは、調理を始めて小一時間が経(た)った頃である。味はそれなりの味に仕上がっていたが、仕上がった外観がサッパリだった。どうサッパリなのか? といえば、見た目がグチャグチャで、材料をそのまま放り込んで煮た・・というような仕上がりだった。テレビでは綺麗(きれい)に皿へ盛り付けられていたから美味そうだったものの、出来上がった代物(しろもの)はサッパリ食欲が湧(わ)かなかった。
「まあ、仕方ないか、そのうち腹も減るだろう…」
 愚痴ともつかない言葉で調理をやめて片づけると、味噌川は他の雑用をやることにした。出来上がった料理は、容器に入れて冷蔵庫へ収納しておいた。
 それでも人間は上手(うま)く出来ている。雑用をしているうちに味噌川は腹が減ってきた。よしっ、食べるかっ! と、味噌川は意気込んで腹を満たすことにした。そして、冷蔵庫から意気込まずに仕上がった料理を取り出し、意気込んで食べ始めると、案に相違して美味かった。
 意気込むことは、大事なのだ。

                              


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逆転ユーモア短編集-49- 手順前後

2017年12月15日 00時00分00秒 | #小説

 料理教室の調理実習で2人の男がカレーを作っている。見守る審査員はプロの料理家2名である。審査を受ける片方の男のカレー鍋(なべ)は、コトコトコト…と美味(うま)そうに煮えている。すでに豚肉、タマネギやニンジンを十分に炒(いた)め、水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れたあと煮立たせている段階だ。あとはカレーのルーを入れてしばらくすれば出来上がるところまで完成している。もう片方の男は、そこまで至っておらず、フライパンを2丁使い、煮汁と炒めを別にして、ゆっくりと調理している。この男の思惑(おもわく)はカレー味を重視している点にある。片方のフライパンで野菜を十分に炒め、もう片方のフライパンで豚肉を炒める。そしてそこへ水を足して固形スープの素(もと)、香辛料などを入れて煮汁を作るという寸法だ。煮えればルーを溶かし入れ、炒めた野菜を軽く絡(から)めれば出来上がり・・となる。こうすれば、確かにカレーは甘くならない。恰(あたか)も片方の男が長刀の佐々木小次郎とすれば、もう片方の男は二刀流の宮本武蔵に例えられるだろう。佐々木小次郎は平凡な甘口カレーを、片や宮本武蔵はカレー味を重視している訳だ。
 調理後のプロ料理家による寸評(すんぴょう)である。
「確かに、甘口の方(かた)は、それはそれでいいんでしょうねぇ~」
「ええ。しかし、タマネギなどの野菜を煮立たせると味が甘くなる・・というもう片方の方の調理も頷(うなず)けます」
「それは、そうです。手順前後で甘口と辛口に分れるということでしょうね」
「手順前後は結果を大きく変化させます」
「…はい。私は妻より先に私の下着を洗い、叱(しか)られました」
「叱られましたか。手順前後にすれば叱られなかったでしょうね」
「はい…」
 料理会場に参加者達の割れんばかりの爆笑が起こった。

                              


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逆転ユーモア短編集-48- 強制と自然

2017年12月14日 00時00分00秒 | #小説

 強制するとは、人に対して自分の思う意思を通そうと無理に強(し)いることをいう。そうすると、相手も当然、自分の意思を持っているから、そこに両者の軋轢(あつれき)が・・早い話、摩擦(まさつ)が・・、ちっとも早くないが、新幹線ほどの速度でお分かりいただくなら、トラブルが・・生じることになる。トラブルは現代社会ではもはや、英語ではなく和製英語的に常用されているから、早く分かっていただけるだろう。まあ、そんなことはどうでもいい話だが、強制せず自然の流れに任(まか)せれば、コトは案外、スムースに、しかも早く片づくことが多い。…スムースも、もはや和製英語だが、これも、どうでもいい話だが…。
 北風が身に染(し)みる夜の10時過ぎのオデン屋台である。一人の湿気(しけ)た外見の男が床机(しょうぎ)に座ろうとした。
「すみませんねぇ~。今日はもう、店じまいなんで…」
「チェッ!」
 店の親父に断られると、その男は捨て台詞(ぜりふ)を残し、去っていった。強制して無理に客になろうとした訳である。その数分後、今度は通勤帰りの男が、首筋を揉(も)みながらやってきた。屋台の暖簾(のれん)を下ろそうとしていた親父の後ろ姿に、男は小さく声をかけた。
「終わりでしょうね?」
「あっ! これはこれは東崎(とうざき)さん! 今夜は随分、遅(おそ)いですなぁ~」
 東崎はこの屋台の常連客で、いつもは7時頃に顔を見せる客だった。
「ははは…困ったことに急の仕事が入っちまって、残業ですよぉ~」
「それはそれは、ご苦労さんでした。よかったら、やってって下さい」
「いや、悪いなっ、それはっ! 終わりでしょ?」
「ははは…いいんですよ。いつも寄っていただいてるんですから。小一時間くらいはっ」
「そうですかっ? それじゃ、冷(ひ)やで一杯! それといつものやつを適当に…」
「へいっ!」
 東崎は自然と客になった。
 これが強制と自然で生じた逆転の結果である。

                              


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逆転ユーモア短編集-47- 接客指導

2017年12月13日 00時00分00秒 | #小説

 明谷(あけたに)に言わせれば、今一、分からないのだという。何が分からないのか? といえば、それはレジへの接客指導である。レジとは誰しもご存知のように、スーパーで買物代金を支払うときに対応するレジ係のことだ。では、そのレジ係が接客する何が明谷に分からないのか? ということになるが、それはこれから追々(おいおい)と語ることにしよう。語ってもらわなくてもいい! と思われる方は、適当に寛(くつろ)いで戴いても一向に構わない。
  その日、明谷はいつものようにスーパーへ買物に出た。買うものが出来たからだが、別に変わったこともなく消耗した品を買うと手持ちの籠へ入れ、レジへと向かった。生憎(あいにく)、レジのカウンターは買物客でごった返していた。ちょうどその日が連休だったこともあったのだろう。明谷は、まあ、仕方ないか…と思うでもなく、無意識で客列の短そうなところへと並んだ。そして、しばらくは並んでいた。明谷が並ぶレジの後方のレジは係員がいなかった。そのとき、急に店内アナウンスが流れた。
 『食品レジが、ただいま大変、混雑しております。お客様には大変ご迷惑をおかけいたします』
  女性アナウンスが流暢(りゅうちょう)にペチャクチャと捲(ま)くし立てた。明谷は、また思うでなく、『そらそのとおりだ。確かに混雑してる…』と思った。店内アナウンスは、なおも続いた。
 『係員は食品レジへお入り下さい』
  そのアナウンスが終わるか終わらないかのうちに、女性レジ係と思(おぼ)しき女性店員が走ってきて、明谷の後方のレジへと入った。明谷は、前に並ぶ客が支払いを終えそうな状態で、『やれやれ、やっと俺の番か…』と思うでもなく並んでいた。そのとき、明谷の思いを覆(くつがえ)す逆転の声がした。今、走りこんだ後方の女性レジ係の声だった。
 「あの…こちらへ、どうぞっ!」
  明谷は、嘘(うそ)だろっ! と、はっきり思った。というのも、明谷はすでに次の番で、ほぼレジ前にいるからである。後ろのレジへ移動する間にレジが済むだろうが…と思えたのは、なにも明谷一人ではなかったはずである。
 「いいです…」
  明谷は逆転を固辞(こじ)した。少し妙な接客だな…と思えたのは店を出たあとだった。長蛇(ちょうだ)の列に並ぶ一番後方の客の待つ労(ろう)を察(さっ)して声をかけるのなら理解できるのだ。逆転した店の接客指導を、明谷は未(いま)だに分からないそうだ。

                              


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逆転ユーモア短編集-46- 妨害(ぼうがい)

2017年12月12日 00時00分00秒 | #小説

 人の行為を妨害(ぼうがい)して喜んでいたりすると、逆転して妨害されることになる。━ 身から出た錆(さび) ━ というやつで、悪事が同じ形(かたち)で自分に跳(は)ね返ってくる・・というのだから、この世は上手(うま)く出来ている。そういうことで・・でもないが、カラスも盗(と)ったり突(つつ)いたりしない方がいいだろう・・という結論となる。^^ むろん、その逆も言える訳で、いい事をすれば、その恩恵は必ずかどうかは別として、ある・・ということになる。ただ、この場合も、計算ずくでは何も起こらないか、下手(へた)をすると悪く報(むく)いるから怖(こわ)い。その具体例は童話の中にもよく登場する。
「坂畑さん、あなた、アレ知りませんか?」
「えっ? なんでした?」
「いやぁ~、いつも消えるんで不思議に思っとったんですよ」
「なんのことです?」
「屋上で焼肉パーティしようと置いておいた肉がね」
「ああ、その件ですか。いや、私も実は不思議に思ってたんですよ。私が幹事(かんじ)をしたときも、夕方、大恥(おおっぱじ)を掻(か)きましたよ」
「そうなんですよ。いや、私もね。不思議に思えて、皆(みんな)に訊(たず)ねたんですが、誰も運んだ覚えがない・・って言いますしね」
「マジックじゃないんですからね」
「ええ、時代劇でよく出てくる、悪党の急ぎ働(ばたら)きか何かですかね、ははは…」
「いや、笑えない話ですよ、これは。誰も知らないのに消える妨害ですから怖(こわ)い」
「ええ、まあ…」
 二人の顔は瑠璃(るり)色の光を放(はな)ち、少し紫色を帯びて蒼(あお)白(じろ)くなった。
「警察へ一応、被害届を出した方が…」
「いや、それはもう少し調べてからにしましょう」
「そうですね。状況がはっきりした上で、ですよね」
「ええ、カラスだった・・なんて話になれば、ここの信用にもかかわります」
「ええ、そうですとも!」
 しかし、事実は食べ残しをしない頭のいいカラスの仕業(しわざ)だった。さらに、カラスが食べたその肉は、生肉業者がどう間違えたのかカラス肉で、ポワレ[肉料理名]用の笹身(ささみ)だったのである。カラスはカラスを共(とも)食いして食べたことになる。

                              


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