雪が今年初めて、忘れていたかのように降り出していた。禿宮(はげみや)はようやく出づらいベッドを抜け出すと、サッシ窓に映る雪景色を見ながら『チェッ! 今朝は降るなよっ!』と、思わなくてもいいのに思った。^^ というのも、この日はテニス同好会の幹事としての書類づくりがあり、郵送する必要があるからだった。PC[パソコン]で入力・印刷する前に、まずは手書きの書類の間違いをチェックしておく必要があった。
朝食を軽く済ませる前に…と、禿宮は書類に目を通し、ボールペンをカチッ! と押した。いつもなら、そのままスッと芯(しん)が出てスラスラと書けるのである。ところが、その日に限って芯の出が悪く、なかなか出ない。ようやく出たが、戻(もど)そうとカチッ! と押しても、今度は戻らない。禿宮は少し意固地(いこじ)になりだした。何が何でもいつものようにっ! という気分が漲(みなぎ)らなくてもいいのに禿宮の心に漲り、顔を火照(ほて)らせ始めた。
『よしっ! いいだろう…』
何がいいのか分からないが、禿宮は小声でそう嘯(うそぶ)いた。とはいえ、内心では少し疲れる自分を感じ始める禿宮だった。
以前、能面を習ったときに使った彫刻刀があった。禿宮はその中の一本を取り出すと、ボールペンの芯が出る先孔(さきあな)を削(けず)り始めた。ところが、孔がいびつになり、格好よくない。もう少しっ! と、ふたたび、ケースから芯を取り出したまではよかった。出したまではよかったが、芯についているバネがどこかへ飛んでしまった。たかだかバネとはいえ、そのバネがないと、芯はカチッ! と元の位置へ戻らない。禿宮は焦(あせ)りに焦り、疲れることになった。軽い軽食も、このままでは夢のまた夢・・となってしまう。まあいい、食べてからにするか…と、少しもよくないのに作業を中断し、軽い朝食が待つキッチンへと向かった。ボールペンが、『チェッ! 放ったままかよっ!』と切れぎみに怒っていた。^^
疲れるまでやるか、疲れてもやってしまうか・・の二択だが、疲れてもボールペンには怒られず、早めに笑って欲しいものだ。^^
完
多くの議員に取り囲まれた委員長が、『き、起立多数!! よ、よって、ほ、本案は…賛成多数で…か、可決され…ましたっ!』などと満員電車に詰め込まれた乗客が押されるかのように述べ、委員会に付託(ふたく)された案件が可決されるというテレビの中継場面を見かけることがある。少数ではダメなのである。^^ いくらそれが理に適(かな)っていたとしても、少数では多数に勝てないのである。^^ 桶狭間の戦いのようなことは、まず今の時代だと起こり得ない、ということだ。実に寂しくも悲しい話である。^^ で、その多数を勝ち取るため、人々は汗して疲れる訳だ。まあ、私もその一人だったのだが…。^^
前述した、数日前のとある委員会である。
「委員長ぉ~~!! それは怪(おか)しいでしょぉ~~!!!」
質問した女性議員が激しく抗議する委員会室は、野次と怒号(どごう)が飛び交い、まるで戦場の様相を醸(かも)し出していた。
「お静かにっ! 静粛(せいしゅく)に願いますっ!」
委員長が、なんとなく疲れたような声で少し焦(あせ)りぎみに言い放つ。騒然と委員長席へ詰め寄る関係議員達。
「そうだっ! 取り消せっ!」
委員長席へ詰め寄った関係議員の一人が、今にも掴(つか)みかかりそうな動きで委員長に放つ。与党の委員と思(おぼ)しき数人の議員が、そうはさせまいっ! と委員長を取り囲んで擁護(ようご)する。議員達は入り乱れて動き回り、疲れる。^^ 審議で疲れるのではなく、動き回って疲れるのである。^^
このような国会では政治が滞(とどこお)り、結果として国民が疲れる暮らしをしなければならないから、如何(いかが)なものか…?^^
完
最近の機器は複雑になり、取説[取扱説明書]がないと操作(そうさ)に支障(ししょう)をきたし、どんどん時間が過ぎていくことになる。やがて、カラスがカァカァ~~と啼(な)きながら山のお家(うち)へ帰っていく頃になっても、何も出来ていない・・などという情けない事態になる訳だ。^^ カラスに七つの子がいるのか? までは私も知らない。^^
山坂はこの日も新しく買い求めたPC[パソコン]機器の操作に齷齪(あくせく)していた。
「なにがバージョン・アップだっ! これじゃバージョン・ダウンじゃないかっ!!」
格闘三時間、すでに山坂は心身ともに疲れ果てていた。この日だけならまだしも、ずぅ~~っと何日も旧ソフトがPCにインストール[備え付け、設置]出来ないとなれば、愚痴も出るし疲れる訳である。
「蒟蒻(こんにゃく)っ!? なんだコーテック[音声を無線伝送する際に使用する音声圧縮変換方式]かっ! なになにっ!? ドライバーが提供されないだとっ!? 提供しろよっ!! それがケアー[介護・世話]だろうがっ!!」
いっこうに要領を得ない作業の進捗(しんちょく)に半(なか)ば山坂は切れかけていた。疲れる+時間が流れる+切れる・・ではまったくどうしようもない。
「もう、いいっ! もういい…」
山坂が諦(あきら)めの言葉を吐いたそのとき、ふと、iTunes Musicなる文字が目に入った。そのアイコンを弄っていると、音楽がふと、流れ出した。
「なんだ! 聴けるじゃないかっ! それを早く言えっ!」
パソコンが言う訳もない。そのとき、キッチンの炊飯器の音がした。夕飯用に炊いていた米が炊き上がったのである。こんなに疲れるとは…と、山坂は作業を中断し、機器のスイッチをOFFった。
このように、機器は使い熟(こな)せないと疲れる訳である。^^
完
海崎(うみざき)はその日、日曜大工[DIY]をしていた。
「ははは…犬小屋はあるが、さすがに猫小屋はなかろうっ!」
海崎は、さも発明家のような偉(えら)そうな顔で独(ひと)りごちた。
その後、作業は順調に推移し、ようやく完成を見たのは昼少し前だった。朝食後の八時前から始めたから、三時間以上は作っていたことになる。
「さて…あとはニスを塗(ぬ)って乾かすだけだな…」
サンド・ペーパーで木地を滑(なめ)らかにしたあと、海崎は砥(と)の粉を擦(こす)り付けながら、また呟(つぶや)いた。猫小屋を作ろう…という作為をもって工作を始めたのだから、その作為を完成させないと…と海崎は意気込まなくてもいいのに意気込んでいた。あとあとになって考えれば、これがいけなかった…と海崎は回想で話していた。意気込んだ余り、ニスが十分に乾いていないままフロアーに置いてしまったのである。
「よし! これでいいだろう…」
海崎は、またまた独りごちたが、少しもよかなかった。それは飼い猫のミケを近づけたときに発覚した。フロアーにニスがくっつき、少しも動かなくなったのである。海崎としては、どこにでも移動できる猫小屋のつもりでいたから、ひっ付いては困るのである。
「作為をもって妨害(ぼうがい)するつもりかっ! それは犯罪だぞっ!」
海崎は、ついに叫んでいた。妨害でもなんでもない…とフツゥ~~の人なら感じることだろう。だが、それは甘い考えで、見えない甘い発想という作為が陰(かげ)に潜(ひそ)んでいたのである。^^
まあ、こんな疲れるような分からない作為も人の世にあることはある。^^
完
とある繁華街の歩道で二人の中年男が話をしている。
「そうそう!! 新型コロナウイルスだろっ!?」
「見えないものは怖(こわ)いっ! なにせ、見えないんだからなっ!」
「お前のへそくりは、すぐ見えるのになっ!」
「ははは…母ちゃんには勝てんさっ! ウイルスも見えてるんじゃと俺は思う訳よっ! 疲れるぜっ!」
「ははは…かもなっ! ビクついて疲れるなよっ!」
「ああ…。そういや、ウイルスも強くなったが、うちの母ちゃんも強くなったな…」
「そう、しみじみ言うなっ! 俺の嫁さんに感染させないでくれよっ!」
「ははは…仲がいいからなっ! だが、こればっかりはっ!」
「ははは…。世の中、怖いものが増えた…」
「感染力も強いしなっ!」
「ああ…」
見えないものの感染は実に怖く、疲れる原因にもなるようだ。^^
完
とある銭湯である。風呂上がりの二人が脱衣場で衣類を身に着けながら話をしている。
「さぁ~て、これからどうするっ?」
「どうするも、こうするもねぇ~だろうよっ! 怖(こぇ)~かかあが待つご自宅へご帰還(きかん)あそばすだけさっ!」
「おめぇ~も、やっぱり怖ぇ~のかいっ!?」
「そりゃ、怖ぇ~さっ! おめえだって、そうだろうよっ?!」
「ああ、まあな…。どうでぇ~、これから一杯(いっぺぇ)、ひっかけて帰(けえ)るってのはっ!」
「おっ! いいねぇ~~! 補給かっ!?」
「そうよっ! 湯だけじゃ疲れは今一、取れねぇ~だろっ!?」
「ああ。もう、ひと押し、ってやつだな?」
「そうよっ! 幸い、明日(あした)は遅番(おそばん)だしなっ!」
「ははは…昼前(ひるめえ)にゃ~、どう考(けえげ)えたって酔いも覚めちまうかっ!」
「馬鹿野郎っ! そんなに飲みゃ~~ぁ、破産しちまわぁ!」
「違げぇ~~ねぇ!」
「それよか、かかぁにどやされ、疲れるかっ!」
「だなっ!」
二人は小笑いしながら銭湯を出ると、そそくさと行きつけの店へ補給に向かった。
予想外に疲れる場合も発生するから、この世は油断がならない。^^
完
ゆとりを持っていれば、全(すべ)てのことが落ち着いて出来る。そうすれば当然、物事の間違いは少なくなる。ゆとりは余裕と似通ってはいるが、少し内容を異(こと)にする。どこが違うのか? といえば、余裕には勘案した上で・・という一思考のプロセスがないのに比べ、ゆとりにはそれがある。もう少し分かりやすく言えば、単に、まだ時間は早いが少し早く出るか…と、漠然(ばくぜん)と早く出る場合が余裕のある行動であり、○○時なら間に合わないといけないから少し早く出よう…という場合がゆとりのある行動ということだ。どちらもよく似通っているから大差がなく、勘違いしやすい。今日は、そういったどうでもいいようなお話である。^^
戸板は朝の出がけにコーヒーを啜(すす)りながらキッチンテーブル上の新聞紙面に目を走らせた。
「なにっ! 新コロナウイルスっ? そなた、いったい何者じゃっ!!」
昨日、テレビで観た時代劇ドラマが悪かった。戸板はすっかり剣豪の主役になりきっていた。なりきるのはいいが、隙(すき)があれば斬ろうとしていたのである。見えないウイルスが斬れる訳もない。^^ だが、戸板は考えた。ゆとりをもってコトに処(しょ)せば、あやつとしても手の出しようがなかろう、ウッハッハッハッ!! 戸板は、さも剣豪になったかのような声で不気味に嗤(わら)った。
「なにっ! ただちに在住日本人をチャーター便で帰国させるだとっ!? 余裕だなっ! 手ぬるいっ!! ここはゆとりをもって政府主導の下(もと)、発生国で二週間ばかり留(とど)め置き、そののち、安全を確認した上で帰国させるのが上策であろう。なにっ! すでに帰国しておるだとっ! これでは余裕そのものではないかっ! 見えぬモノは怖(こわ)いのじゃっ! 国内に蔓延(まんえん)でもすればいかがいたす所存じゃっ! 甘いっ! 実に甘いっ!!」
戸板はそう嘆(なげ)きながら、風邪(かぜ)の癒(い)えた身体を上げ、欠伸(あくび)を一つ打った。
完
置川は、その日、早く目覚めた。目覚めはしたが、これといってすることもない。さて、どうする…と、考えるでなく置川は思った。このままベッドから降りるか、またひと眠りするかの選択肢である。昨夜、観たテレビのクイズ番組がそのとき、ふと置川の脳裏を掠(かす)めて駆け巡った。あのクイズは最初の方が正解だったな…と思い出し、置川はベッドから降りた。昨日(きのう)は休みだったから勤めで疲れることはなかったが、今日は出勤日である。そう思うと、置川は少し気疲れを感じた。誰しも、勤めを休んでのんびり出来る方が、いいに決まっている。置川もまた御多分に漏れない男だった。
ベッドを出れば、することは決まっている。自動操縦のロボットのように衣類を身に着けると、置川は洗面台で顔を洗った。身体が自然と動くから、これといって考えることもなかった。ところが、ここで一ついつもと違う出来事が生じた。歯ブラシがいつものコップの中に存在していなかったのである。そんなことはない…と、置川は洗面台のアチラコチラと探し始めた。だが、十分ばかり経過しても歯ブラシは見つからなかったのである。置川はすでに疲れ始めていた。疲れるといっても、むろん気疲れの方である。いつも口を漱(すす)いで歯ブラシを使うのは食後だった。昨日は? 歯を磨いたあと、確かにコップに入れたぞ…と思えた。ならば、今朝もコップの中に歯ブラシは存在していなければならない。それがないのであ。そうこうしているうちに早く目覚めた時間は流れ、いつもの起きる時間となっていた。今朝は出勤である。昨日のようにのんびり構えてなどいられない。置川は少し焦り始めた。と同時に気疲れも一気に増した。よくよく考えれば、洗口液で口を漱ぎ、朝食を終えてからでもいい訳である。少し意固地になっていた置川には。その発想が巡っていなかった。
いつの間にか、いつもの時は流れ、すでに遅れ始めていた。それから十五分が経過したが、歯ブラシはとうとう見つからなかった。これ以上は勤めに遅れる…と、置川はようやく歯ブラシ探しを諦(あきら)め、キッチンで朝食にすることにした。そして食事を終えると椅子を立った。そのとき、ふと目を遣(や)ったテーブルの上に、どういう訳か歯ブラシが申し訳なさそうにポツン…と置かれているのが目に入った。発見!! である。^^ 置川は思わず、「ディスカパリィ~~[発見]!!」と喜びに満ち、叫んでいた。
それまでの気疲れは、一気に吹っ飛んだ。
完
私達が生きている社会は、ア~~疲れたっ! と疲れることばかりである。^^ 時折り、皆さんもそうお思いになられたことがないだろうか? 私のような年齢に近づけば、そう思われることも増えてくるように思うのだが…。^^ まあ、それはそれとして、これからお話しするのは、そういった日々で起こる場面の数々である。そのまず第一話として、今日は総論的な疲れる原因を描いてみたいと思う。
よく、心身ともに疲れた・・などと言う人がいる。疲れるのは何も肉体だけではないということになる。心も疲れる訳だ。
とある普通家庭の一コマである。一人の初老の男が、誰もいないリビングのソファーに座り、首を何度もグルグルと回している。そこへ、これまた初老の女が現れた。
「あら、どうしたのっ?」
「いや、なに…。どうも今日は肩が凝(こ)ってね…」
「そうなの? どうしたのかしら?」
「昨日、残業したからだとは思うんだが…」
「他に原因は?」
「いや、これといって、思い当たらない…」
「そう…。そろそろ、お食事にしましょ!」
「ああ…」
この会話からして、どうも二人は夫婦に思えるのだが、後日、この男の疲れの原因が別にあることが分かった。この男の趣味はバード・ウオッチングで、木の枝に設(もう)けた自家製の巣箱に、鳥が来ていないか? と昨日、木の上の巣箱をジィ~~っと見続けていたためだった。当の本人が、そのことを忘れているのだから、これはどう~~しようもない。^^
このように、まあ、疲れる原因はさまざまで、案外、思いもよらない気づいていないところにある・・という疲れるようなお話だ。^^
完
物事には始まりがあれば、必ず終わりがある。始まれば、必ず終わる・・ということである。私達が生きるこの銀河系星雲の三次元世界では、科学的にそう説明されている。ものは思いようで、他の星雲や他次元の科学的な説明については、そこに存在していないのだから、まったく分からない。^^
話がグローバル[広範囲]になったので、話を身近(みじか)な私達の世界へ戻(もど)すことにしよう。始まりと終わりは物事や物質の全(すべ)てに言えることである。書けば減るボールペンの替え芯、誕生した人の命など、すべて同じである。この短編集にしたって、(100)だから、科学的に終わる予定だ[論拠(ろんきょ)は、全ての短編集を100話までにしていること]。^^
とある町工場の作業現場である。ヘルメット姿の責任者らしき男と作業員の二人が話をしている。
「本当に納期までに出来るのかい? 河馬田君っ!」
「大船さん、そりゃないですよっ! 私って信用されてないんだなぁ~」
「いや、そういう訳じゃないんだがっ!」
「でしょ!? 今までに出来なかったことってありますっ?」
「いいや、それはないんだけどね…。余りに量が多いもんだから…」
河馬田は思わず口籠(くちごも)り、言葉を飲み込んだ。
「そうなんですよっ! 始まりゃ、必ず終わりますって! 終わってみせますっ!!」
「そう力まなくても…」
「やらせてくださいっ!」
「… まあ、君がそこまで言うんなら、続けなさいよっ!」
「有難うございます。必ず終わりますからっ!」
「そりゃ終わるだろうさっ! 問題は納期までに、だよっ!?」
「はいっ! 納期までにっ!!」
「頼んだよっ!!」
そう言い残し、河馬田は不安げにその場から去った。
人の執念(しゅうねん)とは怖(こわ)いものである。納品量は納期の日の前日、全て完成を見た。
汚(きたな)い話ながら、食べて入ったものは、必ず出る訳である。ものは思いようで、全てはその過程[プロセス]に意味があるように思える。
…ということで、終わります。^^
完