へんないきもの日記

今日も等身大で…生きてます😁

派遣の女3

2018-01-19 08:40:50 | 日々雑感
 車を24時間最大300円という格安のコインパーキングに入れると女はその日の派遣先へと急いだ。

 途中のセレモニーホールの入口に初老の男性が警備員の服装をして立っていた。

 「ご苦労様です」

 何気ないねぎらいの言葉が自らの口から出たことに女は一瞬驚いた。

 初老の男性は、口元に上品な笑みをたたえて軽く会釈で返した。

 紳士のようなふるまい、というより口元のかすかな笑みから、み仏(ほとけ)のようだと女は思った。

 この人は、いずれAIにとって代わるこの仕事にも、真心を尽くして誇りを持って勤務しているのだ、そう感じた。

 今までの自分だったら、この手の仕事に就いている相手に自分から挨拶をするなんてことは無かった。

 女は初老の警備員に自らを重ね合わせていた。そして、仕事の種類に優劣は無い。大切なのは、その仕事に就く人の心なのだ、そう思い知らされた。

 当事者意識を持って相手を見る事が出来たということで、少しは成長したようで嬉しい気分になった。

 この日の派遣先は、2度目となるチョコレート工場だ。3人派遣される予定のところ、一人が急に来れなくなって、2人だけだ。その事を女は少しおどけて二人で1.5人分頑張りますと言うと、現場の女たちの目元が少しだけゆるんだ。

 帽子とマスクで覆われ、目だけが唯一、個人を判別出来るはずなのに、なぜか女には皆、同じ顔に見えた。

 慣れてくると意外と楽しく感じられた。この仕事も悪くない、そう感じて女は思った。

 慣れてはいけない。慣れ親しんだ所から出て、人は初めて成長できるのだ。ここは私の居場所ではない、私はもっと先へ登りつめないといけない。ここは、単なる通過点に過ぎないのだ。女は、そう自分に言い聞かせた。

 目の前に閉ざされた固い扉...その扉は呪文を唱えれば開くものではないし、扉の前で待っていれば、中から誰かが開けてくれるものでもない。扉は自分で開けなければいけないのだ。
 
 どうやって開けるのか?

 まだ、今の女にはわからない。

 ただひとつ、今朝出会った初老の警備員が女に教えてくれた「当事者意識を持つ」ということ、「自らを客観視する」ことに鍵がある、直感的にそう思った。

 必ず、扉を開けてみせる、自らの手で。

 女は、自分の車を停めたコインパーキングへ向かって、さらに力強く歩みを進めた。

#welovegoo
#派遣の女

コメント
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