寒い中、駅前のロータリーにあるコンビニで缶コーヒーを買い、瞬時に体を温めると、女は派遣会社に向かった。
早朝にも関わらず、数名の男達が待機していた。いずれも働き盛りの男達だ。
働き盛りだというのに派遣に登録しているのが少々意外だった。
間もなく、点呼がとられ、送迎用のワンボックスに男達と一緒に乗り込む。
向かった先は、港の埋め立て地にある引越し業者。ここへ来るのは初めてだ。
制服に着替え、トラックが並んでいる倉庫に向かう。
他店舗では朝礼が行われ、その日の指示が明確だったのに、ここでは何も無い。何処へ行けばいいのかわからず、近くにいた男に聞いた。
男は営業マンのような革靴を履いていた。早口で何か言ったが聞き取れない。
どうやら、この車に乗れ、という事らしい。行き先も何も告げられないまま、向かった先は、とある住宅街。そこから一人の女が乗り込んできた。本日の引越しで一緒に勤務する仲間が出来て、女はようやく安心した。
引越しは、単身赴任で荷物が異常に少なかった。契約では17時半で終わる仕事が半日で満たないうちに終わってしまった。気の毒に思ったのか、担当者は、終業報告に記載する時間を1時間おまけしてくれた。
着替えを済ませるとまだ40分残っていた。派遣会社までは歩いて40分...脚に自信はあったが、横殴りの雪が舞う中、とても歩く気にはなれなかった。
近くのイートインコーナーのあるコンビニで買った弁当を食べる。
一つ隣の席に二人の男が来て、買ったばかりのカップ麺をすすりながら会話している。
「午後からの仕事は、重いの持ちたがっているアイツにさせればいい」
この人達も派遣?それとも、重いの持ちたがっているアイツが派遣なのか?
この世は派遣で溢れている...
時間になったので派遣会社に電話して迎えの車を要請する。
再び引越し業者の敷地に来て、門の前で車を待つ。
雪はやんで、日差しが差していたが、それでも恐ろしく寒かった。
道路を挟んで向かい側に一台の清掃作業車が止まった。中から助手席の男が降りてきて、歩道の縁石に白い箱のようなものを置くと、急いで公衆トイレへ向かった。
再び現れた男が先程の白い箱を取り上げる。箱を傾け、何かを地面に流している。そして歩道の縁石に座り込んだ。
女は、白い箱がこの男のこの日の昼食である事をようやく理解した。
寒風が吹き付けるのも構わず男はカップ麺を食べ続けた。
間もなく、迎えの車がやって来た。朝のワンボックスとは別の、軽自動車だ。
運転手の男が、清掃作業車のほうに向かって会釈する。
知り合い?それとも、この人達も派遣なの?
派遣会社に戻り、半日分の手当てを貰う。約束の時間の日当より2500円少ないが、それでも往復の交通費は遥かにまかなえた。
往復の交通費をまかなえたところで、全然足りない。
その夜、女は車を走らせ、空港へと向かった。夜遅くから明け方にかけて断続的に雪が降る事が予想されていた。早朝の便に乗るには家から空港まで、凍った道を運転しないといけない。車は夏タイヤだ。
迷った挙げ句、その日のうちに移動する事にした。
幸い、空港に隣接したビジネスホテルに空きがあり、会員証を提示すると3500円で泊まる事が出来た。
海上空港への道は雪が吹き付けていた。細心の注意を払って車をホテルの立体駐車場に入れると初めてほっとした。
車は帰ってくる日曜日の夜まで止めていても無料だという。この世にいるのは鬼ばかりではない。
明日から3日間、派遣とは無縁の人達の世界に身を置く事になる。
年収1000万円以上の人達...
だが、彼らだって最初から年収1000万円を手にしていたわけでは無いはずだ。彼女と同じ派遣か、人によっては、それ以下の生活を強いられて来た人もいる。
そんな彼ら彼女らのサクセスストーリーに触れたい、素直にそう思った。もう、セミナーなんてこりごり、そう思っていたのに。
本当に、これで最後にしよう。だから、私の人生を変える何かを絶対にこの3日間で手に入れたい。
でも、忘れてはならない事がある。
職業に優劣があるのではない。問題は、そこの場面に接する人の気持ちなのだ、という事を女は最近になって、ようやく理解した。
派遣にいても、億越えの人達の中にいても、ブレない私でいよう!
この日本でブレない自分でいる事は、そう簡単ではない。だからこそ、女は強く決意した。(つづく...)
#welovegoo
#派遣の女
早朝にも関わらず、数名の男達が待機していた。いずれも働き盛りの男達だ。
働き盛りだというのに派遣に登録しているのが少々意外だった。
間もなく、点呼がとられ、送迎用のワンボックスに男達と一緒に乗り込む。
向かった先は、港の埋め立て地にある引越し業者。ここへ来るのは初めてだ。
制服に着替え、トラックが並んでいる倉庫に向かう。
他店舗では朝礼が行われ、その日の指示が明確だったのに、ここでは何も無い。何処へ行けばいいのかわからず、近くにいた男に聞いた。
男は営業マンのような革靴を履いていた。早口で何か言ったが聞き取れない。
どうやら、この車に乗れ、という事らしい。行き先も何も告げられないまま、向かった先は、とある住宅街。そこから一人の女が乗り込んできた。本日の引越しで一緒に勤務する仲間が出来て、女はようやく安心した。
引越しは、単身赴任で荷物が異常に少なかった。契約では17時半で終わる仕事が半日で満たないうちに終わってしまった。気の毒に思ったのか、担当者は、終業報告に記載する時間を1時間おまけしてくれた。
着替えを済ませるとまだ40分残っていた。派遣会社までは歩いて40分...脚に自信はあったが、横殴りの雪が舞う中、とても歩く気にはなれなかった。
近くのイートインコーナーのあるコンビニで買った弁当を食べる。
一つ隣の席に二人の男が来て、買ったばかりのカップ麺をすすりながら会話している。
「午後からの仕事は、重いの持ちたがっているアイツにさせればいい」
この人達も派遣?それとも、重いの持ちたがっているアイツが派遣なのか?
この世は派遣で溢れている...
時間になったので派遣会社に電話して迎えの車を要請する。
再び引越し業者の敷地に来て、門の前で車を待つ。
雪はやんで、日差しが差していたが、それでも恐ろしく寒かった。
道路を挟んで向かい側に一台の清掃作業車が止まった。中から助手席の男が降りてきて、歩道の縁石に白い箱のようなものを置くと、急いで公衆トイレへ向かった。
再び現れた男が先程の白い箱を取り上げる。箱を傾け、何かを地面に流している。そして歩道の縁石に座り込んだ。
女は、白い箱がこの男のこの日の昼食である事をようやく理解した。
寒風が吹き付けるのも構わず男はカップ麺を食べ続けた。
間もなく、迎えの車がやって来た。朝のワンボックスとは別の、軽自動車だ。
運転手の男が、清掃作業車のほうに向かって会釈する。
知り合い?それとも、この人達も派遣なの?
派遣会社に戻り、半日分の手当てを貰う。約束の時間の日当より2500円少ないが、それでも往復の交通費は遥かにまかなえた。
往復の交通費をまかなえたところで、全然足りない。
その夜、女は車を走らせ、空港へと向かった。夜遅くから明け方にかけて断続的に雪が降る事が予想されていた。早朝の便に乗るには家から空港まで、凍った道を運転しないといけない。車は夏タイヤだ。
迷った挙げ句、その日のうちに移動する事にした。
幸い、空港に隣接したビジネスホテルに空きがあり、会員証を提示すると3500円で泊まる事が出来た。
海上空港への道は雪が吹き付けていた。細心の注意を払って車をホテルの立体駐車場に入れると初めてほっとした。
車は帰ってくる日曜日の夜まで止めていても無料だという。この世にいるのは鬼ばかりではない。
明日から3日間、派遣とは無縁の人達の世界に身を置く事になる。
年収1000万円以上の人達...
だが、彼らだって最初から年収1000万円を手にしていたわけでは無いはずだ。彼女と同じ派遣か、人によっては、それ以下の生活を強いられて来た人もいる。
そんな彼ら彼女らのサクセスストーリーに触れたい、素直にそう思った。もう、セミナーなんてこりごり、そう思っていたのに。
本当に、これで最後にしよう。だから、私の人生を変える何かを絶対にこの3日間で手に入れたい。
でも、忘れてはならない事がある。
職業に優劣があるのではない。問題は、そこの場面に接する人の気持ちなのだ、という事を女は最近になって、ようやく理解した。
派遣にいても、億越えの人達の中にいても、ブレない私でいよう!
この日本でブレない自分でいる事は、そう簡単ではない。だからこそ、女は強く決意した。(つづく...)
#welovegoo
#派遣の女