ヨハネの福音書20:29~31をお読みします。
「イエスは彼に言われた、『あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである』。 イエスは、この書に書かれていないしるしを、ほかにも多く、弟子たちの前で行われた。しかし、これらのことを書いたのは、あなたがたがイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また、そう信じて、イエスの名によって命を得るためである」。
私たちは、このみ言葉を信じれば、命を得ることが出来ます。今日聖書が、日本語、韓国語、中国語などいろいろな国の言葉に翻訳されている理由は、実際にはイエス様を見ておらず、その言葉を聞くことが出来なくても、この聖書のみ言葉を信じることによって、命を得ることが出来るようにされているのです。信じているという人たちが、なぜこのみ言葉を見ても、命がなく、罪に勝利することが出来ず、死んだ状態でいるのでしょうか。この時間、皆さんの中に、どんな問題がありますか?罪に勝利できないで苦しんでいる人がおられませんか?今、イエス様のみ名によって、聖書のみ言葉によって、命を得られるように心から願います。
また、時には心の中に陰うつな影が落ちる時があるかも知れません。真理のみ言葉をどうしても受け入れようとしない人、真理に反抗する人がいる時、しかもそれが親しい人や家族であったりすると、私たちの落胆は大きくなります。また、福音事業を進めようとする時に、経済的な困難に陥ることがあるかも知れません。そのような時、私は、よく賛美歌を聞きます。CDを車の中に入れていて聞いたり、部屋で聞いたりします。そうすると、賛美歌は私たちの魂の祈りですから、落胆する心が賛美と共にいやされていきます。特に私は、「主は今生きておられる」を聞きます。この讃美歌を聞くと、真実な神様が私の心に入って来られて、私の魂が生かされていきます
主は今生きておられる (英語版より)
神はひとり子を世に送られた 人々は主をイエスと呼んだ
主は、愛し、いやし、そして赦すために来られた
主は私の罪のあがないのため、生きて、死なれた
空の墓が救い主が生きておられることを証する
主は今、生きておられる 私は明日も生きることができる
主は今生きているから、全ての恐れは去った
彼が未来も支配されることを 私は知っているから
そして、ただ彼が生きているから、人生は生きる価値がある
この項最終回