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ひまわりさんの日々の信仰日記と再臨信仰のエッセンスについてご紹介しています

聖書が教える健康法 第4回

2016年11月30日 | 日記

4.命をかけて偏食する

 韓国MBCテレビの「MBCスペシャル-命をかけて偏食する」という番組で、薬ではなく菜食で健康的な人生を追い求めている3人を紹介したことがあります。この時の映像は『命をかけて偏食する』という本にもなりました。この本は、間違った食習慣で健康を失った人たちが、どうやって健康を回復させ維持しているのかを紹介しています。

 神経外科の専門医師ファン・ソンス氏は、「高血圧の薬を思いきって捨てましょう」と言います。彼は患者に、薬の代わりに玄米と野菜、果物を処方しました。基礎医学書を再度勉強し直し、自ら自然食を実践し、患者たちを17年間治療してきました。「肉、魚、卵、牛乳は体に毒だ!」と自信を持って語る彼は、それらを絶ち切り、玄米、野菜、果物をたくさん食べることによって、病気から解放され体が健康になると強調しています。

 生野菜と自然食で直腸がんに打ち勝った事例もありました。体育教師だったため、健康体だと自負してきたソン・ハグン氏は、17年前に末期の直腸がんと診断されました。がんがリンパ腺まで転移した状態で、抗がん治療を拒否して田舎に戻り、自然食を実行しました。彼は以前、おかずに肉類がないとご飯を食べませんでしたが、末期直腸がんと診断されてから、肉、魚、卵、牛乳を使わずに、穀物と旬の野菜、果物だけを使って料理を作り、自然食を始めました。その結果、闘病生活18年でがん細胞は影も形もなくなり、健康な体を取り戻しました。

 28年前、慢性腎不全で心臓移植手術を受けたイ・テグン氏は、移植手術を受けた人は一生服用し続けなければならないという免疫抑制剤を飲まずに、特に変わった後遺症もなく健康を維持しています。移植臓器の寿命が10年余りと言われているにも関わらず、特に治療を受けずに完璧な健康を維持している秘訣は、素材を生かした自然食、小食、菜食、たくさん動いて心を楽にし、欲を捨てて暮らすことだと言います。

 私たちの体は、どんなものを食べるのかによって形づくられます。そして私たちの体を最も良い状態に保つためには、私たちの体を創造してくださった神様の指示に従うのが一番安全です。自動車にもガソリン車とディーゼル車があり、ガソリン車に軽油を入れると故障してしまうように、体が欲するままに何でも食べたり飲んだりして、神様の指示を無視していくなら、いずれ私たちの体も故障してしまいます。


聖書が教える健康法 第3回

2016年11月29日 | 日記

3.成人病になったアフリカザル

 何年か前、ヨーロッパの動物学者たちがアフリカザルの生態について研究したことがありました。彼らの研究及び観察を通して、アフリカザルは一日平均6時間以上も木に登り、新鮮な木の実を食べているため、非常に健康的な生活を送っていることが明らかになりました。木々の枝をつたってジャングル中を回り、食べ物を確保するという彼らのライフスタイルは、アフリカザルの健康を、最高の状態のまま維持させる原動力となってきたことを動物学者たちが発表しました。

 しかし、やがてその地域が国立公園に指定され、政府がヨーロッパやアメリカなどからの観光客を誘致するため、アフリカザルが集団で暮らす地域を開発したのです。その結果、アフリカザルの生息地近くにはホテルが立ち並び、欧米先進国からの観光客が食べたハンバーガー、ステーキそして各種の油分をたくさん含んだ食べ物のゴミが、ジャングル周辺に捨てられ始めました。

 多くの観光客がアフリカザルの群れを見ようと、続々と集まりましたが、不思議なことにジャングルで枝をつたって楽しむサルの姿を見ることが、次第に難しくなっていったのです。動物学者たちがその理由を調べた結果、ホテルから出された油分を含んだ生ゴミを食べたサルたちが、お腹いっぱいになり、木に登ってジャングルを遊び回ることをやめ、日陰で横になって休むようになったのです。昼寝をしてお腹が空くと街へ繰り出し、ホテルのゴミ捨て場から食べ物をあさり始めました。要するに、サルのライフスタイルが変わってしまったということです。

 

こうして、サルの居住地域にホテルが建ち並び、サルのライフスタイルが変わって3年がたった時、動物学者たちはアフリカザルに非常に驚くべき変化が起きたことを発見しました。わずか3年で、アフリカザルが次の4つの成人病を発病し始めたのです。他の地域のアフリカザルには起きたことのない疾病でした。

 

まず1つ目は糖尿病です。2つ目は高血圧、3つ目は関節炎、そして4つ目が肥満症でした。糖尿病というのはサルには縁のない病気でした。また、ジャングルの中で木の実などを食べながら飛びまわるアフリカザルは、肥満になる可能性も全くなかったのです。しかし、ホテルから出た油分を大量に含んだ動物性の生ゴミを食べ、お腹いっぱいになり運動もせずに木の下で昼寝をする生活を3年も続けたため、アフリカザルに生活習慣病と言われる成人病が発病したのです。関節炎と高血圧にかかったサルの数は日に日に増え続けました。まともに歩くこともできずに、痛そうに足を引きずるアフリカザルの姿を想像してみてください。

 

アフリカザルについての研究報告が学界に発表され、多くの科学者が食べ物とライフスタイルの重要性を改めて認識するようになりました。サルはサルらしく生きなければなりません。アフリカザルはジャングルの中で6時間以上、枝をつたい木の実などを食べながら暮らすことによって、彼らの健康を維持できるように創造されたのです。しかし、文明が彼らの居住環境に進入してきた結果、彼らの食習慣が変わり、運動量も激減したため、サルたちが、かかるはずもなかった成人病にかかり、苦労しているのです。

 

こうした結果を受け、動物学者たちはサルがサルらしく生きられるようにサポートするため、サルを再びジャングルの中へ戻そうと考えました。なぜなら、多くのサルを個別に診察し、糖尿病、高血圧、関節炎、肥満症に分類して治療するというのは不可能であり、また治療費も手に負えないと判断したからです。科学者たちは創造主が彼らに与えた、元々のライフスタイルに戻れば、彼らの疾病が回復するだろうと結論を下したのです。要するに、自然がサルを治療し回復させると確信したということです。

 

科学者たちはサルがジャングルへ戻れるように、ホテル側に生ゴミは指定の場所に捨てきちんと管理するように要請しました。その結果、サルは人が残した油分をたくさん含んだ生ゴミを食べられなくなり、お腹を満たすためにジャングルへ行き、枝をつたいながら食料を確保するようになり、1日6時間以上運動するようになりました。ジャングルに戻ったほぼ全てのサルが、その後3年ほどで成人病から回復しました。これがアフリカザルの話です。

 

しかし、この話は人間にも適用されます。創造主である神様は、人間の始祖アダムを創造されてすぐに、彼らに健康の法則を教えられました。私たち人間が何をどうやって食べ、どのような生活を送るのか、どうすれば活力がみなぎる健康体を維持できるかについて教えられました。「神はまた言われた、『わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう』」(創世記 1:29)。


聖書が教える健康法 第2回

2016年11月28日 | 日記

2.食べ物の重要性

 健康のために最優先で考えなければならないことは、私たちが毎日摂っている食べ物です。多くの人がこのような質問をします。「人間は食べるために生きるのか?もしくは生きるために食べるのか?」。少なくともクリスチャンは、主を喜ばすために食さなければなりません。聖書は私たちが神様に喜んでいただけるように、飲食しなければならないと語っています。「だから、飲むにも食べるにも、また何事をするにも、すべて神の栄光のためにすべきである」(1コリント10:31)。私たちはまず、神様の偉大なお言葉に記録されている原則に従って飲食することを決心しなければなりません。神様は次のように問われました。「なぜ、あなたがたは、かてにもならぬもののために金を費し、飽きることもできぬもののために労するのか」(イザヤ55:2)。

それでは、どんなものが、私たちが摂取してよい、健康を増進させる食べ物なのでしょうか? そのためには何を基準にすればよいのでしょうか? 神様が人間を創造された後に、人間のために最高の献立を作ってくださいました。その献立は、人間の健康を最高の状態に保てるように構成されていました。「神はまた言われた、『わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう』」(創世記1:29)。果物と木の実、穀物と野菜、まさにこれが神様が与えられた食べ物、すなわち、私たちが摂取しなければならない最高の食べ物なのです。

 健康を失ったことのない人は、健康の重要性についてそこまで真剣に考えません。しかし健康を失った時に、その大切さを実感するのです。健康は人生の資産の中でも、基本となる非常に重要なものと言えます。とすれば、私たちの体を健康に保つために、私たちを創造してくださった神様の言葉である、聖書が教える良い食べ物を摂ることはとても大切なことです。良い食べ物を摂ることによって、私たちは健康面ばかりでなく、頭脳が明晰にされ、聖書の奥深い真理と救いの秘密を悟るようになります。聖書の教える食事法は、質素、素朴なものですが、私たちクリスチャンにとって非常に重要なことだと言えます。


聖書が教える健康法 第1回

2016年11月27日 | 日記

1.序論

 「どうか、平和の神ご自身が、あなたがたを全くきよめて下さるように。また、あなたがたの霊と心とからだとを完全に守って、わたしたちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのない者にして下さるように」(Ⅰテサロニケ5:23)。

 私たちの救いのために書かれた聖書には、私たちの「霊と心とからだ」が健康で、主イエス・キリストの来臨の時まで完全に保たれることを願うとあります。また、「愛する者よ。あなたのたましい(Soul、心または精神)がいつも恵まれていると同じく、あなたがすべてのことに恵まれ、またすこやか(Health)であるようにと、わたしは祈っている」(Ⅲヨハネ2)という言葉もあります。

 心と体、この二つは切っても切れない結びつきがあります。神様は私たちの心と体を健康に保つための秘訣を、聖書の中にたくさん教えてくださいました。少し奇妙に聞こえるかもしれませんが、この冊子で私たちは「葬式の日時を延期する方法」である、聖書の教える健康法について、学んでいきたいと思います。

 まず、次の神様の言葉を注意深く見てみましょう。「『あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである』」(出エジプト15:26)。ここに神様が教えられた第1の健康法があります。神様は私たちに「病気にかからない秘訣」を教えてくださいました。

 「何を食べ、何を飲むかは、自分で決める!」と思う人がいるかもしれませんが、神様の言葉である聖書は、「まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる」(ガラテヤ 6:7)と警告しています。もし私たちが「健康」を収穫したいのであれば、「健康の種」をまかなければならないと思いませんか? 神様は健康のための法則を制定されました。もし私たちが神様の法則に従うなら、聖書の約束通りに「健康」という実を収穫できることでしょう。もちろん従わなければ健康を失い、苦痛と病気の中で、葬式の日を早めることになってしまいます。

 今日、多くの人たちが、自分たちが健康で生きられる生命の期限を満たすことなく墓の中へ入っているように見えます。次の質問について考えてみてください。過去10年間、私たちの周りにいる人の中でどれほど多くの人が、神様からいただいた生命の年限まで生き、美しい眠りについたでしょうか? 多くの人々が、神様が定められた健康の法則に従わなかったために、毎日少しずつ自分の寿命を縮めているという事実を、認めざるを得ないのではないでしょうか。

 実際には、私たちは毎日の食卓上のスプーンや箸で、自分の墓を掘っているようなものです。ホセア書4章6節にはこのような神様の言葉があります。「わたしの民は知識がないために滅ぼされる」。人々は何を食べ、自分の体をどう扱わなければならないのか、あまりにも知らないため、不必要な病気と苦痛をもたらし、死の日を早めているのです。


突然消えた操縦士  秘密携挙説とは 最終回

2016年11月25日 | 日記

カトリック教会の二人の神父が作り出した過去主義と未来主義の預言解釈法は、1260年の間、中世期の宗教暗黒時代を主導してきたローマ教皇の歴史と行跡を、聖書預言から跡形もなく除き去るために創案されたものという事実を忘れてはいけません。未来主義の解釈法を基盤につくられた秘密携挙論者たちのディスペンセーション主義は、現代のカルヴァン主義神学を代表するベルコフ(Louis Berknof)博士とフーケマ(Anthony Hoekema)博士によっても、とても危険なものだと批評されています。聖書にある、反キリストの正体についての理解を混乱させる秘密携挙論者たちの終末論こそ、とても危険な欺瞞なのです。

 

読者の皆様に質問です。“携挙は反キリストの出現より先に起きるのでしょうか?”


 

:信じない者に二度目の救いの機会が与えられるのか?

 

秘密携挙論者たちは、携挙されない者にも二度目の救いを受けられる機会が7年の患難期の間で与えられると言います。しかし、イエス様が再臨されたあと、二度目の救いの機会が与えられる人がいるという記述は聖書のどこにもないのです。ノアとロトの時と同じように、イエス・キリストの再臨の時もたった1度の機会ですべてが終わるのです。二度目の救いのチャンスという考えは、人間の心を楽にするために人間自ら考案した教理です。次の聖書の言葉を注意深く読んでみてください。

 

「見よ、今は恵みの時、見よ、今は救の日である」(Ⅱコリント6:2)。

 

「不義な者はさらに不義を行い、汚れた者はさらに汚れたことを行い、義なる者はさらに義を行い、聖なる者はさらに聖なることを行うままにさせよ(恩恵の時間が終わる)。見よ、わたしはすぐに来る。報いを携えてきて、それぞれのしわざに応じて報いよう(再臨と共に聖徒たちに与えられる報償)」(黙示録22:11,12)。すべての人々に対する恩恵の時間は、再臨の前に終わるのです。救いのための恩恵の期間が終わると同時に、聖霊が地上から取り去られ、7つの災いが降り注ぎ、イエス様が再臨される、これが最後の順序です。

 

ノアの説教と悔い改めへの招待を拒否した人たちへの恩恵の時間が終わったように、またソドムを去れというロトの切なる訴えを拒否したソドムの市民たちへの恩恵の時間が終わったように、最後の時代にも審判と再臨が起こる前に、恩恵の期間は終わるのです。

 

さぁ、読者の皆様がお答えになる番です。「携挙されない悪人に、二度目の救いの機会が与えられますか?」