「軍事おたく」タレントのカズレーザーが自衛隊に「密着」
いつの間にか「軍事力増強」が当然のようになった
10月12日に公表されたNHK調査で、防衛費増額に55%が賛成、12月12日「防衛力整備水準5年間で43兆円」でも51%が賛成しているという。また、その他メディアの世論調査でも同様に、防衛費の増額に賛成が5割を超えている。近年軍事力を増強すべきという世論は、年々高まっており、ロシアがウクライナに侵攻した今年になって、さらに高まり、もはや完全に醸成されたと言っていい。
そして、この軍事力を増強すべきという世論を見計らったように、11月22日、「有識者会議」なるものが、「防衛費の増額や相手のミサイル発射拠点などをたたく『反撃能力』の保有を求めた 」報告書を提出した(NHK11/22)。この「有識者会議」とは、メンバーが座長の元外務事務次官の佐々江賢一郎、京大院教授の中西寛、読売新聞グループ本社社長山口寿一、評論家で元朝日新聞主筆の船橋洋一らで分かるように、元高級官僚と右派、タカ派で知られる人物で構成された、政府の方針にお墨付きを与える役目の機関である。このメンバーは、自民党のブレインのようなものなので、軍事力の増強を唱えるのは、当然のことと言える。
そしていつの間にか、防衛費増額は当然のことのように扱われ、GDP比2%の防衛費が必要、そのための財源はどうするのか、増税でまかなうのか、という議論にまで進んでいる。もはや、軍事力増強は自然で正当なことになり、さらにその財源の確保という次の段階的に進んでしまっている。
作られた「軍事力増強」という世論
マスメディアはいつの間にか、軍事費という言葉を防衛費に、軍事力を防衛力という言葉に置き換えて使うようになった。新聞紙上でも、「敵基地攻撃能力」を議論している記事ですら、「軍事」という言葉は、一切使わず、ひたすら「防衛」という言葉で貫き通している。これは、「軍事」という重々しく、かつ客観的な言葉よりも、「防衛」の方がソフトであり、さらに、国を守るため、自衛のためという正当性を暗黙の内にそこに付加したいからである。マスメディアは、初めから、政府の方針に沿った表現を選択しているのである。それは、軍事力増強に始めから加担していることをも意味している。
近年のテレビ放映も、もはや、自衛隊という名の軍隊はタブーではなくなった。日テレで2015年から放送されている「沸騰ワールド」という番組がある。その中では、「自衛隊に取り憑かれた」タレントのカズレーザーが、自衛隊の訓練に密着するというシーンを繰り越し放映している。これは、「防衛省は近年、特に若者へのアピールを強めている。SNSの多数のアカウントを駆使し、……26人を『防衛省オピニオンリーダー』に任命したり、自衛隊を紹介するテレビ番組や隊員を主人公としたドラマに協力したりしている」(朝日新聞2022/12/10)ことの表われである。朝日新聞は愚かにも、防衛省が「協力している」と書いているが、積極的に協力しているのは、むしろテレビ局の方である。それは、「沸騰ワード」が自衛隊が兵器である装備を、敵と見なすものを破壊し、殺害するという役割を一切無視し、ひたすら「カッコイイ」ものとしてしか扱わないことで分かることだ。これは一種の兵器の美化であり、その先に戦争があるという想像力を麻痺させる行為である。数十年前なら、こんな放送内容をテレビ局は避けたに違いない。
2月のロシアによるウクライナ侵略以降、西側世論では軍事力の増強は必要という傾向が著しく強まったことは、否定しようがない。しかし、そこには西側主要メディアのこの戦争の捉え方が大きく影響している。それは、西側には何の落ち度もなく、すべてロシアが100%悪いという報道の仕方である。戦争は2022年2月に突然起こったとし、2014年以降のウクライナ内部でのウクライナ政府軍とロシア語話者武力勢力との内戦などは、一切なかったかなような、また、ワルシャワ条約機構軍の消滅後に、NATOが東欧地域に拡大し、ウクライナもNATO加盟直前にまで行っていたことががロシア側には脅威と感じられた事実はまったく考慮しない、という報道の仕方である。ウクライナ2014年の政権交代時以降の内紛や東部の武力衝突もNATOの東方拡大による危機リスクも、ロシアに侵攻以前には、さかんに西側主要メディアは記事にしていた。これらのことが、プーチンの判断に影響していることは、大いに考えられることだ。しかしそれが、これらについては、西側主要メディアからは一斉に言及されなくなったのである。これは、裁判に例えれば、ロシアという凶悪犯に対し、犯罪に至った動機の解明などはされず、アメリカ西部劇のように「裁判などどうでもいい、悪いロシアをとっとと縛り首にしてしまえ」と言っているようなものである。勿論、そこには弁護人などはいない。
当然のように、それは日本の世論をも動かしている。この西側主要メディアによって作られた構図は、「悪いロシアが攻撃している。さらに、ウクライナ以外にも攻撃してくるに違いない。だから、自分たちを守るためには、軍事力の増強が必要だ」というものだ。それが、「同じ権威主義、独裁国家の中国や北朝鮮も日本を攻撃してくるに違いない。だから、軍事力の増強が必要だ」という構図に連動しているのである。
日本のメディアは、西側主要メディアに輪をかけて、ロシア悪玉論を展開してきた。新聞では、自民党支持基盤を構成している産経・読売はもとより、朝日新聞などは、アメリカ政府高官の「意見」を頻繁に記事にし、ウクライナ関連記事に登場する「専門家」は、防衛省防衛研究所が最も多く、他は右派・タカ派の大学教員の「意見」を載せる、という具合である。12月14日のロシア関連記事には、この新聞は性懲りもなく、アメリカのネオコンで名高いジョンズホプキンス大のエリオット・コーエンの、ロシア・中国脅威論だけを載せている。朝日新聞もコーエンが、軍事力優先主義のネオコンの論客であることは、理解しているはずだ。それをわざわざ、載せるのである。これらのことは、朝日新聞が社の意見として、口先では、軍事力強化につき走る政府方針を「熟議・説明なし」(12/17佐藤武嗣編集委員)と言いながら、軍事力優先を支持していることを示している。
ロシアの侵攻以前から、対中国脅威論は、特に台湾問題に絡んで加熱していた。中国は建国以来台湾の「解放」には、武力による手段を放棄したことはないが、それは「建て前」のようなものに過ぎず、未だにそれを実践したことはない。現実に台湾に武力を行使すれば、現政権の支配下にある、米軍の最新鋭兵器も装備する軍と警察など実力部隊と中国軍は衝突することになる。軍事侵攻すれば、中国・台湾双方に多大な犠牲が予想されることは、誰の目にも明らかなことだ。その時は、米軍との全面衝突も覚悟しなければならないだろう。さらに、欧米全体が中国と敵対関係に陥り、それまで自由貿易で築き上げた経済的成果は失われる。そのとてつもないほど「犠牲」と台湾を支配下に置くこととの利益を比較すれば、答えは明らかである。それは、香港に対する対応と大きく異なるが、人民解放軍が駐留し、実力部隊は、北京政府の支配下にある香港との根本的な違いである。香港にできることと台湾にできることはまったく異なるのである。北京にとっては、彼らの言う「台湾独立派」が、完全独立を目指し、韓国や日本のようにアメリカと軍事同盟を結び、米軍を駐留させることが悪夢なのであり、台湾が長い間続けている「半独立」状態は、何が何でも許容できないというものではない。
また、政党がまったく機能していないプーチン支配下のロシアとは、政策決定の仕組みが完全に異なり、習近平は、9000万人の中国共産党の頂点に立つが、党中央委員、党政治局員、党常務委員を説得しなければ、重大な政策決定は不可能なである。要するに、習近平が、中国にとっての利益を説明しなければ、武力侵攻など決定できないのである。
このように、中国の台湾への武力侵攻は、極めて可能性が低い。それにもかかわらず、アメリカ発の中国脅威論は台湾問題を絡めて大いに喧伝されてきた。それは、概してアメリカ発のものである。台頭する中国に対し、相対的には経済と政治において衰退しつつあるアメリカの一種の「焦り」からくるもので、それは「偉大なアメリカの復興」という言葉に象徴される。そこには、アメリカの世界への経済的・政治的権益が、台頭する中国に脅かされるという現実がある。
アメリカとの関係を過大に重視する日本の自民党を中心とする右派層にとっては、台湾有事」はアメリカだけの問題ではなく、日本の問題でもある。それは、戦後日本の復興がアメリカの強大な影響力のもとに、言い換えれば、アメリカの支配下にあって、成し遂げられたことからくるのだが、日本の長期政権を維持する右派層にとっては、経済も安全保障もアメリカと一心同体なのである。それは、日本の「右翼」とメディアが呼ぶ極右勢力が、反共・反中国であり、排外主義でありながら、徹底して親米であることと同じ理由による。
新聞で言えば、産経、読売、朝日がこのアメリカ発の中国脅威論を振りまいており、それに呼応するかのように、テレビに登場する右派論客が、中国脅威論を語るのである。
敵と見なす相手は、悪ければ、悪いほど好ましい
敵と見なす相手は、悪ければ、悪いほど好ましい。それが、その敵と対峙する自分たちを、相対的に正義とすることができるからである。それは、「自由民主主義」を旗印にするアメリカが、「自由民主主義国」ではあり得ないサウジアラビアなどの中東君主国を非難するのは稀だが(それどころかサウジアラビアには膨大な軍事支援をしている。)、同じように「自由民主主義」のない中国・ロシア・イラン・キューバを常に徹底的に非難する理由でもある。サウジアラビアなどは敵ではなく、中国・ロシア等は敵であるからである。日本でも、戦後の中国建国以来、「一党独裁」は何の変化はないのだが、近年はこの敵の国の「一党独裁」が、マスメディアでは、以前にもまして、いっそう非難をされるようになった。朝日新聞を例に挙げればその報道は、アメリカ型「自由民主主義」だけを絶対的基準に、アメリカ政府の中国批判を100%模したような徹底した中国非難で塗り固められている。そこでは、中国を含む世界の後進地域では、絶対的貧困、つまり世界銀行の「1 日 1.9 ドルで暮らす者」(国際貧困ライン)が 大きな問題であるが、「世界銀行のデータによれば、1981~2015 年において中国は貧困人口を 7 億 2800 万 人減少させた。中国を除くその他の地域では、わずか 1 億 5200 万人 である」(佛教大学共同研究 王 偉)ように、国民にとって極めて重要な要素である生活を目覚ましく改善させた成果などは、完全に無視されている。
敵は悪ければ悪いほど好ましいことは、日本人の反中国感情を揺さぶる。明治以来、侮蔑の対象であり、「下」に位置していた中国が、経済では日本の「上」に位置するようになったが、これが感情的に愉快なはずはない。それと日本人の中国に対する悪感情の増加は無縁でなく、マスメディアが、「中国は悪い国」と報道すれば、国民感情として「受ける」のである。
北朝鮮の多くのミサイル試射も、すべて対アメリカ向けであり、日本を直接意識したものでないが、拉致問題と絡み、日本では、「悪い北朝鮮」からの脅威と報道される。
また、極めて重要なことなのだが、日本の軍事費は2021年時点で、既に世界第9位の相対的軍事大国になっており、政府が目指すGDP費2%ともなれば、世界第3位の完全な軍事大国と化すのである。このことも、マスメディアの報道は極めて稀で、それを知る国民も「極めて稀」だろう。
これらのマスメディアの報道は、「軍事力増強」世論を後押し、その結晶が、近く政府が閣議決定を目指している軍事力強化方針の「安保3文書」である。この「3文書」を京都精華大の白井聡は、「本質はシンプルで米国の意思だ」(東京新聞12/17)と、アメリカの要望であるという「本質」を見抜いている。それは、アメリカ国防省ロイド・オースティンが即座に「敵基地攻撃能力(反撃能力)や防衛費の増額なども『支持する』と明言し、『米国は日本との協力を約束する』と強調した」(東京新聞12/17)ことからも、明らかである。
強大な軍事力は地獄に突き進む悪循環に陥るだけ
確かに、中国も軍事力を大幅に増強し、それがアメリカの数分の一に過ぎないとしても、それが周辺国の脅威と映る。強大な軍事力は、敵対関係にあれば、脅威と見なされるのは当然で、アメリカの強大な軍事力は双方が敵対関係にある限り、中国にとっての脅威であり、アメリカ主導の強大なNATOの軍事力もロシアにとっては、脅威なのである。ロシアの場合は、NATOの東方拡大が、プーチンを狂気の「特別軍事作戦」選択に至らしめた一つの要因であることは、明らかである。
日本のこれ以上の軍事力強化は、中国にとっての脅威の増大であり、それに対し、中国はさらに軍事力強化で応えるだけであり、双方にとっての脅威の増大を招き、「抑止」どころか、戦争への危機は増大する。それは、まさに地獄に突き進む悪循環である。そして、膨大な軍事支出により、増税・国家の借金はの増加をもたらし、社会福祉を減少させる。それは、莫大な軍事支出によって、先進国最低の社会福祉政策しかできないアメリカの現状を見れば、誰の目にも明らかだろう。