何とか和田峠まで登り切り、辺り一面にニッコウキスゲが咲き誇る霧ヶ峰の高原で1泊しました。
1泊と言いましたが、あまりの疲労困憊振りでテントを立てる気力もなく、草原にテントとフライシートを広げ、その間に潜り込んでの爆睡でした。
朝方、人の話し声で目が覚めたのですが、その人たちは私たちのことを “行き倒れ” か何かと心配されていたのでした。
次の日はビーナスロードに沿って白樺湖からメルヘンロードを経て北八ヶ岳の麦草峠を目指します。
メルヘンロードの下り坂の途中から雨が降り出しました。
夏なのですが、高原の長い長い下り坂を濡れながら下っているうちに寒さでガタガタと震えが出てきたのです。
寒さに耐えられず、1軒のペンションの軒先を借りて雨宿りをしました。
すると、そのペンションの方が私たちを見つけて、建物の中で休みなさいと親切にも声を掛けてくださったのです。
寒さで震えている私たちのために、温かい飲み物を出してくれただけでなく、何と暖炉に薪まで焚べてくれました。
ペンションの方々のご好意で私たちは身も心も暖かくなりました。
その時ペンションの名前をお聞きしていたのですが、失礼なことにいつの間にか、私はその名前を忘れてしまっていたのです。
3年ほど前、その合宿のメンバーだったM田氏と40年ぶりくらいに会い、思い出話に花が咲きました。
そのM田氏も、お世話になったそのペンションのことが忘れられずに場所を探していたそうです。
でも、分からなかったと… 、
でも、ペンションの名前はしっかりと覚えていたのでした。
「◯絵夢」!
私はこのペンションの名前を耳にした瞬間、記憶が鮮やかに蘇りました。
このブログをまとめるに当たり、再度、あの合宿の行程をスマホの地図アプリで辿って行きました。
そして、ついに見つけたのです、そのペンションを!
今すぐにでもそのペンションを訪ね、40数年前のお礼を言いたい気持です。
ブログ仲間で、現在ベトナムで頑張っているT良氏もこの合宿のメンバーです。
この記事を見たらきっと驚くことでしょう。
「T良くん、とうとう見つけたよ! 君が自由に一時帰国できるようになったら一緒にあの時のお礼を言いに行こう!」
<その④に続く>
ぜひ、やりましょう。幹事は私がやりますよ。八ヶ岳に登るのもいいですね。麓に野天風呂もありますよ!
M田氏の別荘にも攻め込みましょう‼︎
ペンション潰れたんだろうと諦めてました。
ブログに載せるために再度、40前の記憶を細かいところまで辿りました。
坂道を下りながら見た景色とか、私たちを追い越して行ったバイクとか…、そしたらヘアピンカーブで曲がったりしたところまで思い出したりして!
こんな大変な時だから神様が希望をくださったんだと思います(それかTANEの執念か)
なかなか会えなくなりましたが、深いところで繋がっている気がします。
もつべきものは "友” ですね。
私たちは雨宿りさせていただければありがたいと思って軒先で震えていました。
ペンションの名前は「○絵夢」ですか。失礼ながら私も思い出すことができませんでした。
TANEさん
この記事を見て、かなえたい一つの大きな夢ができました。もう一度、あのペンションに40年前のお礼に行くことです。この写真を見せたらオーナーも思い出してくれるかもしれません。
今、コロナの影響で日本に帰国できませんが、いつか・・いつか必ず夢を実現したいです。
羨ましいほどの大学生活を過ごされたのですね。
そして 厚い(熱い)友情は一生の宝物です。