
【連載】呑んで喰って、また呑んで㉖
ハブ酒で死にそうに?
●日本・東京
「おいっ、それ呑んだんか!?」
「うん、呑んだ」
友人のM君がテーブルに置かれた大きなガラス瓶を指さしながら私を問い詰めた。
その日、M君の引っ越し祝いを兼ねて、仲間10数人が彼の新しいマンションに集まった。ワイワイガヤガヤの楽しい呑み会である。
宴もたけなわのとき、M君が誰かを迎えに出て行った。このマンションに来たのは初めてだったので、リビングをそれとなく探索すると、棚の上に無造作に置かれた奇妙なガラス瓶が。
とぐろを巻いたハブが透明な液体に漬けてある。蓋を開けて匂いを嗅ぐ。液体が焼酎だったので、二口、三口呑んだのである。戻ってきたM君、そのハブ入り焼酎を私が呑んだと知るや、血相を変えて叫んだというわけだ。
「この焼酎、まだ呑んだらあかん!」
「………」
「ハブを漬けたばっかりやから、まだ毒が残ってるんや」
「なにっ!」
「死ぬぞ!!」
「えーっ、そ、そんなー!」と私はうろたえた。「早く、救急車を!!」
そう言うなり、私は椅子から床に崩れ落ちた。次第に意識が朦朧としてくる。もう手遅れかも。宴会の参加者たちが私の顔を覗き込む。いかにも気の毒そうな表情をしているではないか。死にゆく私への同情だろう。過去の出来事が走馬灯のように浮かんできた。楽しいことばかりが……。
それにしても、ハブ酒を呑んで死ぬとは、なんて無様な最期なのか。けっして私のような二枚目の死に方ではない。どうして未完成の「殺人」焼酎を「呑んでください」とばかりに棚に置いておいたのか。私はM君の不注意に怒りを覚えた。許せん!
薄れゆく意識の中で、M君の声が聞こえてきた。私の症状を相手に伝えているようだ。どうも消防署に電話をしているらしい。友人を助けようとするM君の必死さがひしひしと伝わってくる。怒りが消えた。有難う、M君。もう怒ってなんかいないよ。
「なーんだ」と間の抜けたM君の声が聞こえる。「ケ、ケ、ケっ」
電話の相手に笑っているではないか。なんだ、こいつは! 今にも死にそうな友人を前に笑うとは……許せん! 再び怒りが込み上げてきた。すると、M君が私の肩を鷲づかみにして叫んだ。
「今、消防署に電話して聞いたけどな、死なないって!」
「えっ、ほんと?」
消防署の人の話によると、ハブの毒はほんの1cc程度で、しかも1回で出す毒の量となると、その10分の1。ハブ焼酎の場合、アルコールで解毒されるので、まったく問題はないのだそうだ。「病は気から」とは、よく言ったものである。死なないと知って、急に元気が出てきた。椅子に座り直し、今までの分を取り戻そうとばかり、ビールとウイスキーを浴びるように。もちろん、ハブ酒も。いやあ、振り返れば、ドッキリありで楽しい宴だった。
ところで、ハブ酒をつくったM君は、この連載でもたびたび登場する。そう、ラオスでもシベリア鉄道でも一緒に旅した歌人だ。無類の酒好きなのである。唐代の詩人で酒仙と呼ばれた李白のような男だ。「日本の李白」と例えれば、ちと大袈裟か。