【新連載】呑んで喰って、また呑んで②
ウナギの稚魚を食べずに死ねるか!
●スペイン・マルベーヤ
▲マルベーヤのヨットハーバー
スペインの首都マドリードから南へ500キロほど行くと、そこは地中海に面したコスタ・デル・ソル(太陽海岸)だ。年間平均気温は摂氏28度と温暖で、1年中太が燦々と降り注ぐ。そのコスタ・デル・ソルの中心都市がマルベーヤである。
さすがヨーロッパの高級保養地だけあって、街並みがオシャレそのもの。コバルト色の海を背景に、真っ自い家が立ち並ぶ。高級感漂うヨットハーバーに優雅なカフェ。そして私のような気品に満ちた人々。う―ん、絵になる光景だ。
が、悲しいかな、私の同伴者は男である。一緒に歩いていると、その種のカップルと間違われることだろう。どこでもいいから、 一刻でも早く屋内に身を隠したい。
というわけで、見物もそこそこに一軒のレストランに飛び込んだ。確か「アントニオの店」という名前だった。評判がいいのか、店は混んでいる。幸いにしてテーブルが一つだけ空いていた。しばし歩いていたので、喉がからからだ。何はともあれ、セルベッサ(ビール)で喉を潤したい。相棒は下戸だから、炭酸水を頼む。
しばらくしてキンキンに冷えたセルベッサが運ばれてきた。下戸は無視してぐいっとやる。料理の注文を待つウエイターに尋ねた。
「この店の名物料理は?」
「そりゃあもう『アングラス・アラ・バスカ』に決まってますよ、セニョール」
なんでもアングラス(ウナギの稚魚)をバスク風に料理したものだという。ビレネー山脈を挟みフランスにもまたがるバスク地方は、独自の文化を誇り、民族的にも異質である。
ちなみに「バスク人」には美食家が多い。コスタ・デル・ソルはアンダルシア地方だが、ここでもバスク料理は人気があるようだ。
「よし、それに決めた」
料理が出てきた。カスエラという小さな素焼きの土鍋にミミズのようなものがぎっしりと諮まっているではないか。これがシラスウナギ、つまリウナギの稚魚だ。ニンニクを加えたオイルで煮た一品、そう、「アヒージョ」である。
小ぶりの木製フォークですくい、口に放り込む。ウナギの稚魚は蒸してあった。噛むと少しシコシコして歯触りが何とも言えない。お―、いいぞ。オリーブ油とニンニク、そして唐辛子の香りも絶妙だ。
「いけるよ、これ」
と私は眼を細めた。
友人もフガフガ言いながら食べるのに夢中である。セルベッサからビノ・チント(赤ワイン)に代えた。もう一皿ずつウナギの稚魚を追加注文したのは言うまでもない。たまたま入った店で、こんな美味にありつけるとは、なんと幸運なのか。ワインがすすんだのは言うまでもない。独りで3本は空にした。ああ、いい気持だ。
ちなみにウナギの稚魚だが、今では品不足で、驚くほど高額だという。あのときたっぷり食べておいてよかった。今、思い出してもヨダレが出てくる。あー、美味かったなあ。自信をもって宣言しよう。ウナギの稚魚を食べずに死ねるか!
月刊誌編集者を経てフリーランス・ライターに。フォークランド戦争、アフガン内戦、エチオピア飢餓、インドシナ難民、アメリカのアジア系マフィアなどを取材し、「週刊ポスト」「週刊文春」「週刊プレイボーイ」「世界週報」などに寄稿。小野田寛郎少尉のルバング島再訪にも同行取材(本ブログの終戦特別企画に「週刊文春」の記事を掲載)した。著書に「陽はアジアに昇る」(講談社)、「そこが知りたい米大学日本校」(ぴいぷる社)、「現代戦争-悪の黙示録」(廣済堂)、「ガイジンの逆襲」(講談社)、「ルイ・ブライユ 暗闇に光を灯した十五歳の点字発明者」(小学館)など多数。