林眞須美死刑囚は冤罪なのか!?
トゥー博士が毒カレー事件に言及
平成10(1998)年7月25日、和歌山市園部で行われた夏祭りで提供されたカレーライスに毒物が混入され、カレーを食べた67人が急性ヒ素中毒になり、うち4人が死亡しました。「和歌山毒物カレー事件」です。容疑者として近所に住む主婦が逮捕され、有罪が確定、死刑判決が。
この事件が再び注目されています。犯人とされる林眞須美死刑囚は無実を訴え、新たな再審請求の最高裁宛特別抗告を手続き(5月31日付)を弁護団を通じて行いました。この再審請求が受理された6月9日、じつにショッキングな出来事が。なんと眞須美死刑囚の長女が4歳の娘を抱いたまま関西空港連絡橋から40メートル下の海中に飛び降りて自殺したのです。それだけではありません。同じ日に16歳の孫娘が亡くなっていました。警察が捜査に乗り出しましたが、真相は不明のまま。
この相次ぐ身内の不幸に動揺したのか、同月20日にはずっと継続中だった再審請求を取り下げました。ところがしばらくして、「母親なのに守ってあげられなかったと人生でも1番の強い悲嘆にくれました」と、陳述書でそのときの心境を綴り、再申請求を取り下げたことを「真意では全くなく無効です」と申し立てたのです。
じつは毒物研究の世界的権威、アンソニー・トゥー(杜祖健)博士が、この事件の弁護グループに関わっていました。博士は榕樹会会報『榕樹文化』(2021年秋季―22年新年号)に「私が相談に乗ったヒ素殺人事件」を寄稿しています。毒物の専門家としてトゥー博士が、冤罪の可能性も含めて言及していますので、本ブログでも転載することにしました。(本ブログ編集人・山本徳造)
私が相談に乗ったヒ素殺人事件
杜祖健
私が日本で関係した殺人事件で一番有名な例はサリン事件で、私自身もまたいろいろな報道で詳しく報告されており、このお手伝いで天皇から旭日中授章を頂いた。そのほかのあまりしられていないケースについて述べようと思う。
林眞須美のヒ素毒殺事件
林眞須美の事件は非常に勇名で日本では彼女が真犯人と皆が思っているようである。私は彼女が無罪とははっきり言えないが、今ある証拠だけでは断定できないと思っている。事件は1998年7月25日に和歌山で起こったヒ素による毒殺事件で、カレーを食べた人が4人死亡し、60人ばかし中毒した有名な事件である。
私は学生時代に微量な稀金属の分析をしていたので、その困難なことを良く知っている。それで林さんの裁判をはじめから注意してみていた。第一審では彼女は黙秘権を使ったので、何を聞かれても話さなかった。日本ではこういうことをすると警察官にも裁判官にも悪い印象を与える。それが原因かどうかはわからないけれど、彼女は1審で死刑(判決)になった。2審から彼女は自分で話をして犯行を否定したが、最後の3審でも2009年に死刑がいい渡され、それ以来拘置所に拘留されている。時々死刑が確定しているのに何故執行されないのかという論説を見かける。私見では判決に疑間を持った主張がなされているため、間違って殺したら大変なので執行しないのではないかと思う。
私は『現代化学』でこの判決は証拠が確実でないと発表した。この判決は主にスプリング8という大きな器械で測定されたので、多くの人は最新の器械で決めたのだから、問題はないと思っているのであった。スプリング8の直径は500mもある大きな器械である。電子を加速するとそのタンジェントの方に放射光がでる。この蛍光X線分析を利用して微量な金属を測定するのである。この測定は東京理科大の中井泉先生によってなされた。アメリカでも同じようにこれらの放射光を利用したいという研究者が多いため、その利用は時間を割りあってする。それで私はこの測定は何回したか、其の平均値はどれだけあったか知りたいと書いた。判決文にはただスプリング8で測定したとだけ書いており、詳しいことは書いていなかった。私の文を読んだ京大の教授の河合先生から『現代化学』を通じて私にメールが来た。それまで私は林眞須美を後援する人たちがいると知らなかった。これらの人の要請により、私はすべての証拠を調べるようになった。警察研究所での検査も膨大で私はそれを一つづつ読んだ。
▲兵庫県にあるスプリング8
多くの人がこのヒ素を持っており、皆同じ結果が出たと述べており、林眞須美の家から見つかったヒ素も同じだったので彼女がしたと結論していた。測定はヒ素と不純物モリブデンとスズの比を測定したものである。警察の測定では多くの人が持つたいるヒ素との比が同じであるので、林眞須美の家にあるヒ素と同一物であると結論した。このヒ素は中国から輸入したもので、林眞須美の主人が持っているヒ素は多くの人が持っているものである。それでこれだけで林が犯人と決めるのは無理がある。この結論にもっとも反対しているのはその道の専門家である京大の河合潤教授である。彼は中井先生の結論はまちがいであると真っ向から述べている。
私自身が調べたのは主に赤外線分析の部分であった。私はラマン分光学をしているので赤外線のことも少し了解できるためである。シロアリ駆除に使うヒ素はそのほかにでんぷんを含んでいる。それはシロアリの通る場所にヒ素を入れるのであるが、ヒ素だけでは落ちてしまうので、落ちないようにでんぷんを含んでいるのである。澱粉は大きな有機物なのでヒ素とすぐに区別がつく。それで私は現場に捨てられたカレーと林の家にあるヒ素にでんぷんがあるか調べたら、判明するのではないかと思った。それで日本の赤外線やラマン分光の専門家を紹介したが、 日本での警察の権威は大きく、警察に誰も反対しない。皆検査しないという返事だった。ほかの日本人の友人も「杜先生、警察が決めたことですから、先生が関係しないほうがイイですよ」忠告する。私は別に林と関係が有るわけでないが、只真実を知りたいだけである。
初めはシアン中毒と思われた
和歌山県の捜査研究所ははじめシアン中毒と発表した。しかし中毒者の尿からヒ素が発見されたのでシアン中毒からヒ素中毒ではないかと皆思うようになった。それで東京の警察から和歌山県警にヒ素中毒の線に絞って調査するようにとの指令が来た。和歌山県警はそれでシアン説はまちがいだったと発表した。
私が台湾の司法研究所で講演した時、聞いていた台湾の毒の専門家である箭先生が質問をした。「ヒ素では急に死ぬのは不思議である。シアンが混ざっていたのではないか」という。このことを日本の弁護団たちに知らせたら、台湾に人を派遣して論先生に相談に行った。話した結果は死亡時のデータがないと断定できない。原因はシアンはすぐにほかの化合物に変わって消えてしまうからである。
弁護団が証拠を裁判所に提出
新しい証拠が出るたびに弁護団は裁判所に再審を要求した。証拠は主に京大の河合潤教授の蛍光X-線分析の解釈によるものが多かった。裁判所は返事をしなかった。一度だけ通知が来て来年の3月末までにすべての化学証拠を提出せよと通知があったので、皆希望を持った。しかし翌年の3月になっても返事はなかった。日本に行く度に私はこの事件の発展はどこまで進んでるか、弁護団にきいた。彼らの言 うには裁判所は弁護団が要求した再審の資料を有罪と決めた中井先生の所に回すの
だそうだ。中井先生からすれば彼の主張で死刑判決が下りたので、今になって自分が間違いだとは言わない。裁判所からすれば、 日本の専門家に回してもらったのだから、判決を変えなくてもいいと主張するわけである。私はインターネットで和歌山裁判所が再審請求を却下したと報じていたことを知った。。弁護団に言わせるとこれは第1回目の却下で再審申請はまだ2回目と3回目の請求できるそうである。
死刑判決は主にスプリング8による証拠が一番主要なものであるが、それに付随しての証拠は林眞須美の髪の毛を検査したら、ある特定の時期にヒ素が見つかったという。この話を日本の法医の先生に話すと皆不可能だと笑う。髪の毛は大体1か月に1cm伸びる。それでヒ素が体の中にあればやがては髪の毛に出てくる。これは体中にあるヒ素が髪の毛に移ったためである。しかし裁判所がとった証拠は髪の毛の一部分にヒ素が集中して見つかったという。つまリカレーの鍋を開けた時にヒ素が蒸気と一緒に出て髪の毛にくっついたという。そんな外からくっ付いたヒ素があるにしても何力月も残ることは無い。この証拠は素人の私でもあり得ないと思う。
私見では現場の紙コップと林眞須美の家にあるヒ素にでんぶんがあるかないかを赤外線で分析したら一番いいと思う。現場のカレーにはすでに澱粉が入っている。日本で売っているカレーはすでに澱粉を混ぜていることが多いからである。シロアリ駆除に使うヒ素は前述のようにでんぶんを入れる。しかし家で置いているヒ素自身には澱粉は入っていないかもしれないのである。澱粉はシロアリ駆除の直前に混ぜるためである。もし林眞須美の家のヒ素に澱粉ががなければ林がヒ素入れたのではないと言えるであろう。
林眞須美が死刑判決を受けてから、12年になるが、執行されない本当の理由は裁判所も新し証拠は無いと意地を張っているが、心の中では判決が間違いであるかも知れないと思っているのかもしれない。それで裁判所のメンツを保つため死刑にしないのではないかと思う。これは私個人の意見である。(原文のまま)
▲筆者が読んだ和歌山ヒ素事件の書類