変温動物のほんとうはあったかはーと

冷たくないよ、ちょっと心が暖かくなる話を書きます。

焼米

2009-01-06 08:48:56 | Weblog
籾殻のついたままの米を炒って、搗き、もみがらをとりさったお米のこと。

秋の収穫時期に作り、保存食としておいておいたり、おやつがわりにぽりぽりとかんで食べたりする。

今は、あまり見かけなくなった。

私は、この焼米が好きで、お椀に少し入れて、お湯を注ぎ、やわらかくなったところで、塩で味付けをして食べるのが好きだった。

この焼米が好きな叔母がいた。収穫したばかりの新米を焼米にして、いつも袋いっぱいに分けてくれた。

その叔母が、亡くなった。

昨日は、お葬式だった。

母の2歳違いの妹で、代々続いた農家に嫁ぎ、大家族の長男の嫁として、よく働いた。苦労話も母を通して聞いていた。晩年は、持病の糖尿病の合併症に苦しんでいた。

母と仲がよく、方言丸出しで、たまに会うと、長く話し込んでいたことを思い出す。とても楽しそうに話していた姿を思い出す。

父が亡くなったときもやせ細った身体をなんとか、がんばってきてくれた。

その後も何回かあった時、きれい好きの叔母は、自分の顔の産毛がのびきっているのが気になったらしく、私に「顔の産毛をそってくれる」といいだした。

私は、ちょっとびっくりしたのだが、「いいよ」といって、洗面所にいき、母のかみそりを使って、丁寧にそった。

叔母の顔は、肉もなくほほもそげ落ちているのが、悲しかった。

その後、だんだんと身体が動かなくなり、入退院を繰り返していた。
電話もかけ、話をした際、「また顔をそってくれるかな」「うん、いいよ」といった。その約束は、果たせなかった。いや、果たしたくなかった、、、

入院している叔母のところにその約束を果たしにいったら、すべてが終わりになりそうで、怖くていけなかった。

昏睡状態になり、もう手の施しようがない、といわれていたのだが、それでも叔母はがんばり続けた。

叔母には、長男がいる。私より年下なのだが、病気のため車椅子になり、会話も十分にできないのだ。

その長男が気になっていたのだろう。身体の不自由な息子を残して死ぬわけにはいかない、とがんばっていたのだろう。私には、そう思える。亡くなった祖母も晩年、病気がちの長男のために、つらいリハビリに耐えて、周囲も驚くほどの回復ぶりをみせて、退院したことがあった。

私は、叔母の棺に約束の果たせなかったことを詫び、かみそりを袋の中に入れて、見送った。

叔母は、真っ白で、きれいな顔をしていた。